風姿華伝書

□華伝書98
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一・・故に、少しとはいえ

気に掛けていた。


(確か、あの家の辺り


だったはず一・・・・・)

原田さんの足の回転が


どんどん早まる。


先程から、何やら胸騒ぎ


なるものがしてなら


なかったのである。


「っ、くそっ!!」ダダッ

その胸騒ぎを具象化する


かのように、原田さんの


進む先を真っ黒に


染め上がった黒煙が


覆い隠していく一・・・。

もうすでに辺りに人々の


姿はなく、原田さんの走る

すぐ横の家が次々と


緋色の炎に包まれていった。


さすがに、幾度もの刄を


潜り抜けてきた原田さん


でさえ、火の手の中心で


あるこれから先へ進むこと

に躊躇いを感じつつあった。


戦場ならまだしも、


ここは火事場のど真ん中である。


いくら体力に自信がある


からといって無闇やたらに

入っていけば、自身の


命取りにすら、成えるのである。


一・・・しかし。


原田さんはその足を止める

ことなく、黒煙たなびく中

へと突っ込んでいった。


「一・・・・・っ」ゲホッ

足を踏み入れた途端。


息もできなくなる程の


煙が体を襲ってくる。


一・・・そして、一気に


辺りの風景が人地から


火炎地獄へと変わっていった。


通りを囲む木造の家々は


炎を上げ、煙をはき


鈍い音をたてながら崩れていく。


「一・・・・・・・っ」


原田さんは拳を握りしめた。


まさは、父上を亡くし


病気の母を抱え、兄弟達と

暮らしている。


この煙と炎の中、女手で


動けぬ母を担ぎ逃げること

はほぼ、無理であろう。


「っ、まさーっ!!!」


再び、原田さんは声を上げた。


その刹那、幾度も煙が喉を

ついたが、そんなもの


もう何とも感じはしなく


なっていた。


一・・・と、そこへ・・。

「・・・っ、姉ちゃ・・」

「っ、姉ちゃんーっ!!」

聞こえてきたのは、幼子の

姉を呼び泣きじゃくる声。

「おいっ!どうした!?」

その声は、まさしく・・・

「あっ、あんたはんこの前

うちに来てくれはった」


「っ、原田はんっ!?」


探していたまさの弟達。


「お前達だけが、どうして

ここに一・・・・・・っ。

まさはっ!?母上はどうしたっ?」


すると、弟達は流れ止まぬ

涙を袖で拭いつつ、必死な

顔つきをして


「は、母上が動けんように

ならはって・・・・」


「姉ちゃんは俺達を外へ


逃がした後、また、


家の中へ一・・・・っ」


と、答えた。


「一・・・・・っ!!!」

原田さんの顔つきが瞬時に凍り付く。


と、同時に真っ黒な煙を


吐き出しながら燃える家の

玄関先がバキバキッ!!と

音をたてて無惨にも崩れ


去っていった一・・・・。
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