風姿華伝書

□華伝書98
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一・・・同刻。


   ダダダッ!!


火の手の上がった花街の


中心地近くの大通りを


一陣の風が、逃げ惑う人々

の間を駆け抜けていた。


火の手に近いということも

あり、灯りは必要なかった。


むしろ、昼間のような


奇妙な明るさがあり、


火の恐怖に打ち拉がれる


京の人々の姿を


浮かびあがらせている。


荷物車に家財を積み上げ


家人共々、逃げていく者、

母親に手を引かれ逃げる


子供達、体より大きな荷物

を背負い逃げる者、そして

疲れはて道端に座り込んで

しまった者一・・・・・。

こんな狭い街に本当に


これだけ多くの人々が


住んでいるのかと疑いたく

なる程に、男女共々


年の隔てもなくたくさんの

人々が走る原田さんの周り

を必死な顔つきで通り過ぎていった。


溢れる人達により互いに


ぶつかり、転び、罵声を


浴び合いながら、皆


生きるために必死に


逃げていく一・・・・・。

「っ、まさーっ!!!」


知らず知らずの内、


原田さんはその名を叫んでいた。


それは一・・・昨年の


戦禍(禁門の変)の中


出逢い、つい先日再会した

ある一人の娘子の名・・。

たった一度。


逢ったというだけである。

しかし、先日再会した際、

一目で、名は知らずとも


わかる程、互いに顔を


覚えており、そして、


話をする内に


互い、よく似ている・・と

原田さんは感じていた。


生まれた家が下級武家と


いうことも、そして何より

互いに<気が強い>という


ところも一・・・・・・。

一・・・故に・・・・・。

何と無くとはいえ、


<まさ>という、その娘子が

気になっていた一・・・。
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