風姿華伝書

□華伝書95
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    <数日後>


一・・・朝。


  コッケコ一ッ!!!


鶏の声が高らかに広い


屯所内へとどろいてゆく中。


ドタンッ!バタンッ!!


「次っ!来なさいっ!!」

   おぉおっ!!!


北集会所近くに新たに


作られた道場からは


すっかり傷の癒えた


鬼・・・、でなく


剣術指南役の沖田先生の


甲高い声が道場内だけで


なく辺りにまで響き渡っていた。


余りに通りの良い声に


思わず、近所の鶏達が


いつもの鳴き声を


飲み込んだ程である。


指南が始まってから、


早、一時程(約二時間)。


竹刀ならぬ木刀による


素振り百回に始まり


二人一組での打ち合い稽古

そして、仕舞は十数人が


一人一人、先生に試合って

もらい、ようやく長かった

一稽古が終了となる。


只今は、その最後の稽古の

真っ只中。


皆、一人一人が次々と


名乗りを上げては疲れさえ

感じさせない先生へと


木刀を振り上げ、突っ込んでゆく。


   おぉおっ!!!


一・・・突っ込んでゆく


のでは、あるが。


バチィッ!!ドダタッ!


「っ、遅いっ!!!」


一・・・と、ほとんど


瞬く間に道場の隅へ


スッ飛ばされてしまう。


別に、だからといって皆が

<弱い>というわけではない。


皆、一番隊へ配属される


程であるからして手練で


あることは間違いがないのだ。


ということからして、


結論は簡単である。


つまりは、先生が皆とは


一段も二段もずば抜けて


強い一・・・強すぎるのである。


しかし、当の先生には


己が強いなどという感覚は

まるで存在していない


らしく、今も一通り皆を


吹っ飛ばし終わった後


木刀を肩に置きつつ


「一・・・もう、皆さん


一通り終わりました?」


と、声さえ上げられぬ程


疲れ切った皆へ声を


かけている始末。


一もう、やだ。この人一

こんなに皆を吹っ飛ばして

おきながら、疲れどころか

無邪気な笑顔さえ浮かべる

先生に、しん・・・と


静まり返った空気の中


見事に皆の気持ちが一致していた。


「もうすぐ、朝食の刻限


ですし、これで仕舞に・・」


そうとは知らない先生は


辺りを見回し、稽古漏れが

いないことを確認すると


本日はこれまで、と道場を

後にしようと歩きだした。

余程、お腹が空いている


のか、その足取りは早々と

している。


一・・・が、しかし。


忘れていやしまいだろうか。


ある隊士のことを。


そう、<あの>隊士である。

「沖田先生っ!!俺、


まだ、試合ってもらってませんっ」


「あっ一・・・・・・」

その声に振り向いた先生は

バツの悪そうな顔つき。


壁にかけかけていた木刀を

再び手にとりながら


すみませんと口を開いた。


「一・・・すみません。

悪気はないんですよ。


ただ、何というか・・・・

余りに鉄くんが、皆さんと

比べて小さいものだから


<眼に>映らなかったというか」

「あーあーそうですか」

忘れられたのは、鉄之助。

どうやら、本当に先生には

鉄之助の姿が見えなかったらしい。


思わず、ギロッと先生を


睨み付ける、鉄之助。


まるで、その瞳は飢えた


百獣の王のようであった。

「天誅一っ!!!!!」

「わゎっ。鉄くんちょっと

待ってくださいっ」

「問答無用一っ!!」

「勘弁してくださいよ一っ」


朝日を浴びる道場に再び


先生の声が響き渡る。


今度は、悲鳴に近いもので

あったが一・・。(合掌)

挿し絵です。
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