風姿華伝書

□華伝書8
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(けっ、いっちょまえな


こといいやがるぜっ)


と、土手の茂みに隠れつつ

様子を伺う歳三。


そんな中、宗次郎と吉次は

刃引きした刀を握り、


間合いをあけて向かい合った。


先程、宗次郎がさけんだ


こともあり、周りでみて


いる子供たちは、一言も口を開かない。


もちろん、二人は互いに


睨み合ったまま、無言である。


そんな二人の間を、まるで

からかうように風が遊ぶ。

ザワァッと、土手にはえる

背の低い草がゆれ、音をかなでる。


日がだんだん傾き始め、


うす赤い光が、土手を照らしていた。


一歩も動かない、二人。


 ダダダッ!!!


と、そんな空気をはねのげ

駆け出したのは吉次の方だった。


大きな掛け声とともに、


宗次郎の間合いへ、飛び込む。


  キィィィンッ!!!


いくら刃引きしてあろう


とも、真剣と作りはなんら

変わり無い刀だ。


キィィンッと金物がこすれ

る音が、土手に響く。


  おぉぉぉっ!!!


二人は、一瞬組みあったか

と思うと、再び、互いに


適度な間合いをとった。


と、周りには見えたであろう。


しかし、実際は違っていた。


(宗次郎、あいつ―・・)

土手の茂みに隠れ、その


様子を見ていた歳三には、わかっていた。


(あいつ、怒ってやがる)

宗次郎が怒って、憤慨して

いるというのだ。


別にたいして変なことでも

ないように思う。   


しかし、今まで歳三が見て

きた中で、宗次郎が本気で

怒る姿など、一度も見た


ことが、なかった。


つまり、それだけ、感情を

表にだしたりしない宗次郎

が、本気で怒っているということだ。


そしてさっき、周りには


早すぎてわからなかった


ようだが、二人は間合いを

空けるために、離れたのではない。


吉次が力まかせに組み合っ

てきたのを、宗次郎が


跳ねとばしたのだ。


(いつものあいつに、


あんな力は、無いはず・・)


体が細く、おまけに腕も


細い、宗次郎。


そんな宗次郎に、年上で


体も大きい吉次を、跳ね


とばすなど、できないはずである。


しかし、さっき確かに


宗次郎は、吉次の剣を受け

跳ねとばしていた。


(何かが違う、いつもの


あいつと―・・・)


何かが―・・・、


強い怒りによって、


変化しているのか・・?





ドクン、ドクン、ドクン


間合いをあけ、双方一歩も動かない。


そんな中、今まで受けた


ことのない侮辱と、緊張感

により、宗次郎は体の変化を感じていた。


(何だろう―・・・熱い)

先程刀を弾き飛ばした


くらいで、感じるような


熱気とは、わけがちがう。

まるで体の中が、燃えて


いるかのように、熱いのだ。


加えて、ただ立っている


だけなのに、呼吸が乱れ、苦しい。


  そして―・・・


「―・・・っ!」ゾクッ


宗次郎のこぶしに、ギュッと力が入る。


  何だ―・・・?


ドクン、ドクン、ドクン、





このイヤナカンジハ・・?





それは、どう表現したら


よいか、わからない感覚だった。


突然、鼓動が激しくなり、

息苦しくなったかと思うと

次に感じたのは、    

真っ白な絵の具に、


真っ黒な絵の具をたらしだような、        

 いやな感覚―・・・。


そしてその感覚は、宗次郎

の意志に関係なく、


ぐるぐると体を巡り、  

   気持ちを


 支配していった―・・。

そして現れたのは、


誰もが、もっている   

  鬼の心―・・・。


誰かをうっとおしく思った

り、侮辱したり、嫉妬したりする、        

   負の心―・・・。






普通。         

人間には大きくかけて二つ

の心が、存在している。


一つは、他の人のために


つくそうとしたりする、正の心。


そして、もう一つは、人に

対して侮辱したり、


嫉妬したりする、負の心。

普段、この二つの心は、


互いに釣り合った状態を、保っている。


少し正に傾けば、善い行い

をし、負に傾けば悪いこと

をするように。


しかし、今の宗次郎の心ば

何故が、その釣り合いが


とれなくなり、負の心に


大きく傾いていた。


そして、あふれだした


負の心・鬼の心が、体全体

を、支配し始めたのである。                       





     ―・・・か?






そして宗次郎の頭に、


自らの内なる声が、響く。

それは自分の声とは思えぬ

程、暗く、低い声だった。





強く、
 強くなりたいか―・・?
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