風姿華伝書

□華伝書86
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一・・・同刻。


すっかり、夜も耽り


そろそろ皆が寝静まり


しんみりとした静けさが


屯所内に染み渡る中・・。

三番隊組長を勤める


斎藤さんは一人、大刀を


片手に道場へとむかっていた。


特別な理由はない。


ただ、気付くと自然に足が

道場へ向かって進んでいた。


眠る暇があるなら、刀を


振るいたい。


古来から、武士とは、


こうしたわかりずらい


性質の人間たちの集まり


なのであろう。


類は友を呼ぶ一・・・。


    キィッ


「一・・・あんたか・・」

燭台の揺れる灯りを手に


道場の木戸を開いた


斎藤さんの目に


映ったのは一・・・・・。

「こんな時分に稽古とは、

ご苦労なことだな・・・」

「一・・・。斎藤さん


だって同じでしょうに」


闇夜の中、床に置いた


燭台の灯りのもと一人、


刀を振るう、沖田先生の姿。


類は友を呼ぶとは


よくいったものである。


振り返った先生は、


己と同じように刀を振りに

きた斎藤さんを見ると


思わず、頬を緩ませた。


すると、斎藤さんは


微笑む先生を横目に


床へ燭台を置き、手にして

いた大刀の鯉口をきり


スラッと抜いてゆく。


風に揺れる燭台の灯りに


照らしだされ、刀の波紋が

妙な光りを放ちつつ


先生の瞳に浮かび上がった。


その刃には、曇りの陰一つ

見当たらない。


「いい刀ですね一・・・。

新調したんですか?」


「一・・・わかるか?」


「わかりますよ。


その刃は、綺麗すぎる


から・・・・・」


先生は斎藤さんへと身体を

向け、ピタリと刀を止めた。


「一手、お教え願っても


いいですか一・・・?」


基本的に、斎藤さんは


仕事以外での手合わせを


したりしない。


しかし、この時ばかりは


向けられた刃に背を


向けたくは、どうしても


なかった。


「一・・・よかろう・・」

申し込みを受けた


斎藤さんは先生同様、


刃を向けた。


しん・・・とした空気の中。


敏感な人なら、気分を害し

そうな程の殺気が辺りを


包み込んでいく一・・・。

「一・・・・・・・・・」

互いに、向け合っている


のは、真剣。


そして、互いに達人


だからこそ、一歩、気を


許せば、命の保証はない。

少し刀を傾かせた、


いつもの構えをしていた


先生の呼吸がみるみる内


ゆっくりになっていく。


剣気が、いたるところから

にじみゆくようであった。

 一・・・・・っ!!!一

   タダッ!!!


 オォォォオッ!!!


ズザサッ!!キィンッ!!

春の夜に、類は


集いゆく一・・・・・。
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