風姿華伝書

□華伝書80
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一・・・<手を・・・>一


先生が、意識を取り戻す


まで、みつが必死に握って

いた、先生の手一・・・。

その手を握るみつの暖かさ

に、先生の目が止まった。

みつは思わず、目を伏せる。


ザワァッと暖かな風が


黙り込む二人の間を


通り過ぎ、中庭の木々を揺らす。


「あ・・・の一・・・っ」

「何やっているんだ?


あんたら、二人して・・」

「さっ一・・・っ!?」


みつへと語り掛けた先生の

顔がビクゥッと引きつる。

みつも身をびくつかせ、


顔を真っ赤に染めた。


現れたのは一・・・・・。

「斎藤さんっ!?!」

新選組・三番隊組長の


斎藤一先生。


声をかけられた二人は、


心の臓が飛び出るかという

程に驚いたというのに、


驚かせた当の本人は


相も変わらず、ぼーっと


した目を二人へ向けている。


「そろそろ、時間じゃないのか?」


「はい一・・・・・」


斎藤さんは、生まれつき


細い目をさらに細く


しながら、みつへ問い掛ける。


みつはか細い声で返事を


しつつ、その場に立ち上がった。


スルッとみつの手が、


先生の手から解けてゆく。

まるで、腕を伝う、


真水のように、スルリ


スルリと一・・・・・。


人に、水を掴むことはできない。


ただ、できることは


時の流れのように


過ぎてゆく様を、じっと


見つめる。


ただ、それだけ一・・・。

一手に届くようでいて、


決して、届きはしない一


先生の表情が、曇った。


「あの、斎藤先生も


西本願寺へ嘆願に行かれる

のですか?」


「いや一・・・・・」


立ち上がったみつが、


尋ねると、斎藤さんは


振り返り、


「《お前は場の空気を暗く

するから、来るな》と、


副長に言われている。


私はただ、見かけたついで

に声をかけただけだ」


と、これまたほぼ無表情で

答えた。


「そっ、そうだったんですか」


その言葉に、不謹慎


ながらも、みつは身を


よじってしまった。


「た、確かに斎藤さんが


目の前に並んでたりしたら

和尚さん方、困っちゃい


ますもんねっ」


みつにつられ・・・いや、

自発的に沖田先生も


余りの可笑しさに腹を抱える。


しかし、斎藤さんは怒りも

せず、忠告はした、と


静かにその場を後にして


いった。


その背中を見つめつつ、


「おもしろい方ですね。


斎藤先生は、本当に・・」

と、みつは腹筋の痛むのを

堪え、口を開いた。


すると、先生は立ち上がり

「いつもは、そうでも


ないんですよ」


みつと同じように斎藤さん

の背中に目をやった。


えっ?と、意外そうに


先生へ振り返る、みつ。


「そうなのですか?」


「・・・いつもはもっと、

無口で、静かな人なんですよ。


江戸にいたころなんか、


近藤先生以外、皆、


ほとんど、話したことが


ないって言ってましたから」


「じゃ、どうして・・・」

「・・・憂さ晴し、かな」

「憂さ晴し?」


みつが問い返した、


その先で、先生は目を細め

哀しげに微笑んでいた。


「《山南さんのこと》を


少なからず、哀しいと


考えているからだと思います。


でも、私達にはそれを


《哀しい》と言える場所は

ない。だから一・・・、


きっと、ああやって


わざとでも明るく


振る舞う他


ないんですよ一・・・」


「一・・・・・っ」
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