風姿華伝書

□華伝書79
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    〈夕刻〉


「あの・・・優さん・・」

沖田先生と二人、日が


暮れる前に屯所へ戻って 

いた、みつは息つく暇も 

なくそのまま台所へと  

向かっていた。


そして、優や他の女中と 

共に、夕食の支度をして 

いたのだ、が一・・・。


その途中、あることに気付いた。


「一・・・ん?何?


早く支度しないと夕食に


間に合わないわよっ」


ただでさえ、総長の葬儀が

あり、夕食を作り始める 

時間がなかったのだ。


優は、休んでいる暇は  

ないわよと、声を上げる。

「すみません。でも・・・

気になってしまって・・。

いつもより、お膳が多い


ことが一・・・・・」


みつは、謝りつつも優へ尋ねた。


いつもより、お膳が一組、

多い理由一・・・。


  それは一・・・。


「あぁ、そのお膳のことね。


それは一・・・・・


〈お里さん〉のよ」


「えっ、お里さん、


屯所にいらっしゃるんですかっ?」


思わず、声があがるみつ。

山南さんの切腹後、里は 

実家へ帰ったものと   

そう思っていたのだ。


「気が付かないのも


無理ないわ。昨日の切腹後

気を失って、そのまま


今日の昼まで眼を


覚まさなかったんだもの。

今は、八木邸で休んで


もらっているのよ。そうだ

みっちゃん、お里さんに


この夕食、届けてきてくれない?


もう、仕事は片付きそうだし。


私は、〈伊東さん〉に


夕食を届けてくるから」


「・・・?伊東参謀も、


伏せっておられるのですか?」


「えぇ。山南さんが脱走


してから、ずっとね。


気品溢れる方だから、  

きっと山南さんの切腹が 

相当、胸に応えてるのよ」

「一・・そうなんですか。

わかりました。この夕食、

お里さんに届けて参ります」


そして、みつは


出来上がったばかりの  

夕食を膳に乗せ、一人  

お里の休む、八木邸へと 

小走りしていった一・・。





〈しばしの後〉


「お里さん。失礼します、

あの・・・・・夕食を


お持ちしました」


みつは、屯所である前川邸

を出、すぐそばに建つ  

八木邸へと向かい、   

家の方からお里の部屋を 

聞き、その前にたった。


そして、中のお里に声を 

かけたが、返答はない。


みつは仕方なく、悪いとは

思いつつも、明かりの灯る

障子戸に手をかけ、開いた。


すると中には、うっすらと

した行灯の光のもと、  

まるで精気が尽きたゆうに

涙を流し、ぐったりと  

布団に横になる、お里の 

姿が一・・・・・。


すっかり、泣き疲れた 


様子で、みつの行動に  

反応もみせず、じっと  

天井を眺めている。


それは、愛する者を失い、

泣いて、泣いて、


泣き疲れた、哀れな女の姿。


「一・・・っ。お里さん、

気をしっかりとお持ちください。


昨日から、ろくに食事を


なさっていないとお聞きしました。


そのようでは、お体が


病んでしまわれますよ」


すると、お里は天井を  

見つめたまま、


「一・・・いらへん・・」

と、擦れる声で呟いた。


「でも一・・・・・っ」


「いらんゆうてるやろっ!

もう、うちには構わんといてっ。


山南はんをうちから奪った

壬生狼なんかに仕えてる


あんたの話なんか


聞きたないわっ!!」


「一・・・お里さん・・」

「返してっ!返してよ!!

山南はんを、


うちのとこに一・・・っ」

「一・・・あの・・・」


わあぁっと布団に


泣き崩れるお里に、みつは

手をのばす。


すると一・・・。


    バシッ!!


お里の右手が、宙を舞い 

みつの頬を赤くそめた。


「近寄らんといてっ!!


大嫌いやっ、壬生狼も  

そんなやつらに仕えてる 

あんたもっ!皆、


大嫌いや!!!」
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