みじかいの

□鉄筋梗塞
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「………なんでいるのよ……」



玄関先で脱ぎ散らかしたハイヒールも、廊下に投げ捨てたコートも
その姿をリビングに発見した瞬間、無意味なものとなった。
こんなことなら、きちんと靴を揃えコートもかけてから来ればよかったと
今更後悔してみても遅い。


「…孝明(たかあき)は。」

「研究所です。ちなみに今日は一度も帰宅されておりません。」


怒りに震える手で携帯を開くと、新着メールが一件
“ごめん行けない”
言い訳も取り繕いもないシンプル過ぎるその本文が私の携帯電話に届いたのは、2分前だった。え、今更?


ばっかみたい

そう低く呟いて、壁伝いにずるずると座り込んだ。
ストッキングを通して伝わるフローリングの冷たさが、私の熱を奪ってゆく。
こんなことは初めてじゃない、むしろ毎度お決まりのパターンになりつつあるっていうのに、そのつどご丁寧に痛むこの胸が憎らしい。
こうなることが分かっていながら、頭のどこかでまだ期待してるなんて
いつから自分はこんな面倒くさい女になり下がってしまったのだろう。


「……マスターの現在取り扱っている案件は極めて難解かつ時間を要するものです。
したがって悪気があるわけでは…」

「るっさい。そんなこと分かってるわよ。
あたしが聞きたいのは、なんでアンタがここにいるのかってこと!」

「その質問に対する答えは単純です。マスターに貴女の護衛を命ぜられましたので。」

「不必要よ。消えて。」

「その命令には従えません。」


言い返そうとして、やめた。
鉄の塊にいくら怒鳴りつけたって埒があかない。
持て余した怒りを、苛々と頭をかくことでなんとか抑え込みソファに倒れこむ。
もう、いい。取り繕う相手は、どうせ帰ってこないのだ。
すかさず毛布と湯気の立つコーヒーを差し出すそいつの気遣いが、嫌に染みた。







私の恋人である孝明は、政府から活動を援助されている研究所で日夜発明に没頭する
極度のワーカホリックだ。
世の中では“仕事”と称され社会人に疎まれるそれも、彼にとっては遊び同然
熱中すれば誰の声も耳に入らない。私との約束だって、平気ですっぽかす。



初めのうちは、平気だった。

付き合いだす前から孝明のそういうところは知っていたし、私自身相手を束縛するような恋愛を好まない質であるためか、果たされない約束にも平然と対応出来ていたように思う。
それなのに―――



「明朝、研究所に連絡してみます。
 一度仕事を切り上げ、お戻りになられるよう私から…」

「いいの。明日の朝一で帰るわ。」

「しかし、」

「今日が、何の日か知ってる?」


最近になって、かつての余裕が私の中に感じられなくなった。
月日が流れ、遊びたい盛りの小娘は女になり、幸せの形を意識し始める。
だが孝明は変わらない。いくつになってもやりたいことをやって、夢を追いかけて
まるで少年がそのまま大人になったみたいに


「…プログラムには何も書き込まれておりませんが」

「誕生日よ。分かる?私の誕生日。
 私が生まれた日くらい、あの研究バカもオフになると思ったんだけど…
 ちょっと考えが甘かったみたい。」


少しぬるまったコーヒーを啜って自嘲する。
結局孝明にとって今日という日は日常の一つでしかなくて、そわそわしてたのは私だけ。
無表情で私を見つめていたその顔が、少し哀しげに歪んだのを
私は見なかった振りをして顔をそらした。





「………貴女の誕生日を祝えるのは、マスターだけでしょうか?」


しばらくの沈黙の後、そいつが漏らしたのは意味深な言葉。
顔を上げると相変わらずの無表情が私を見下ろしていて、その先を続ける。


「マスターは今ここにおられませんが、私ならここにいます。
 それは私には出来ないことなのでしょうか。
私に出来るのであれば、ここにいないマスターにそれを求めるより、ここにいる私にそれを命ずる方がずっと効率的なのでは?
私はもともとマスターのスペアにと製造された存在なのですから、マスターの代わりになることが出来ればそれが本望です。」


意外な言葉だった。
というより、こいつがこんなに饒舌になること自体珍しい。
心なしか語尾が強めだったように思えるそのセリフは、なんだか拗ねているみたいで


「……何それ、妬いてんの?」

「私は機械(メカ)ですので、妬くという感情を知りません。」


あっさり否定を返されても悪い気はしなかった。
ただの鉄クズだと思っていたら、案外面白い。



「悪いけど、アンタじゃ孝明の代わりにはなれないわ。
 例えアンタが孝明のすべてをプログラムにインプットしたとしても、絶対にね。」

「それは、私の性能が劣っているからですか?」


釈然としない顔で質問を続ける自動学習型アンドロイドに首を振ってやる。
孝明の最高傑作であり、言葉を操り感情を学ぶその性能は申し分ないけれど
それだけじゃ駄目。たかがスペア程度の男に、興味なんて湧かないわ。




「アンタは、アンタのままで私を祝いなさい。」














鉄筋梗塞 
  (鋼鉄の臓器を締め付けるのは何?)









「誕生日、おめでとうございます。」


私の目をまっすぐ見て、孝明から贈られるはずだった言葉を紡ぐそいつ
「アンタが今日最初に私を祝った男よ」と言うと、わずかに頬を緩めてみせた。


やっぱり妬いてたんじゃない。










Fin.












100409


SFを意識して玉砕(意識の段階から
なんとベタな…
ネタが被るという悲劇を生んだのもこの作品←



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