みじかいの

□伝 −人が云う事で伝わる−
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 伝  −人が云う事で伝わる−










俺の仕事は「伝える」こと。



伝えるためなら北海道から沖縄まで、トランク一つで駆け回る。
だが国外には出ない。何故なら俺の管轄は日本のみであって、管轄外での仕事にはなんの手当ても出ないからだ。
無駄な仕事はしない。それが俺のポリシーだった。




今日の依頼人は、20代後半と思われる風貌の男。

その男の住処(すみか)は過疎化の進んでいる田舎の人里からさらに離れた山の奥だった。
見渡す限り緑の風景に、黒いスーツ姿の俺がなんともミスマッチで笑える。
事実その男も「そんな目立つ格好でくるなんて聞いてない」と声を荒げた。
どんな格好でこようと、俺の勝手じゃないか。そう思った。


仕事にかかる前に、その男の住むあばら家で一服した。
差し出されたお茶はなんとも不思議な味がしたが、まずくはなかった。
面倒だが、「伝える」ために依頼人の事情を多少知っておく必要がある。
きっと誰かに話したかったのだろう、俺が促すと小さな声でだが、男はぽつり、ぽつりと語り始めた。

過去親友だと思っていた男に裏切られ、無実の罪を着せられたこと。
運と気力で今までずっと逃げ回ってなんとかこの地に腰を落ち着けたこと。
それでも追っ手の捜索がいつかここにも及ぶのではないかと、心配で夜も眠れないこと。

すべて話し終わり、心なしか清々しい表情になった男に
俺はボイスレコーダーを手渡した。大事な商売道具だ。
これに吹き込んだ言の葉を、俺は誰の手にも誰の耳にも渡らぬよう宛先に届ける。
向こうが不安をあらわにする前に「信用してくれていい」と言い放った。

今まで一度だって、「伝言」を漏らしたことはない。これからも、ずっと。





男の言の葉がこもったボイスレコーダーを厳重に保護しながら俺は鹿児島へ飛んだ。
男が俺を雇ってまで言の葉を伝えたかったのは、男の母親だった。
母親の住処はあっけなく見つかった。
狭いが、暖かい雰囲気に包まれた村の一角に立つ小さな家
俺の姿を見て不審げに眉をひそめた目前の老女と、写真を見比べてたしかに男の母親その人だと確信した。


はじめは頑として信用してくれなかったが、息子の名と契約書を出した途端、
「倅(せがれ)はどこにおりますかいの」とすがるように聞いてきた。
依頼人の居場所を教えるのは契約違反になるので言えなかったが、息子の声と言の葉がこもったレコーダーは確かにここにある。

早速伝えよう。再生ボタンを押した。





「………ちょいと、音が小さすぎやしませんかえ?」



老女はたしかにそう言った。
だがそんなことはない。レコーダーは正常に作動し、男の声を適音量で流し続けている。
一概に老女の耳が遠いわけではなかった。なぜなら、自分との会話はちゃんと成立しているからだ。


レコーダーの音だけが、老女の耳に届いていない。

そう考えざるを得なかった。




俺は、仕事を果たすために、老女に息子の言の葉を届けるために
不本意ながら自らの声を使った。レコーダーから流れる言の葉を、繰り返して伝えたのだ。

この時俺は初めて、依頼人の言の葉を真剣に聞いた。
伝える者として、一字一句を正確に口にだす必要があった。
その間老女は瞳を閉じて、俺の声を噛み締めるように聞いていた。




『母さん、俺はやってない。みんなが俺を疑い、みんなが俺を捜している。
 それでも違うんだ、母さん。俺じゃない。
 もしも母さんが、俺をまだ息子だと思っていてくれてるなら、俺を信じて欲しい。
 俺はこんな理不尽に屈しない。無実が認められるまで、会いには行けないけど
 信じてくれ。いつか必ず帰るから。母さん、愛してる。』




5分とない短い伝言だった。
だが俺が最後の言葉を伝えきったとき、老女は窪んだ目から大粒の涙を零していた。
そして消え入りそうな声で「信じるさ、信じるとも」と呟いた。



この仕事についてから初めて、己の声で伝えた言葉。

それがこんなにも人の心に響いているのかと思うと、機械を使っていた今までの仕事がまるでちゃちなものに思えた。それほど衝撃的だった。
村を去るとき、老女は俺に言った。
「ありがとう。倅の声を聞いたあんさんの声で、伝えてくれて」と。


俺の声でなかったら、いつも通りレコーダーを使っていたら、老女に届いていた言葉は今とは違うものだっただろうか。
トランクを引き、田圃の畦道を歩く俺の背に、弱い追い風が吹いた。









俺の仕事は「伝える」こと。



伝えるためなら北海道から沖縄まで、トランク一つで駆け回る。

ただあの日以来、俺はボイスレコーダーを使って仕事を行なうのをやめた。
その代わり、依頼人には手紙を書いてもらい、それを俺が読み上げる形を取った。
宛先人はレコーダーを使っていた頃と大差ない反応で喜んだり悲しんだりしたが、
俺はレコーダーを使っていた頃よりはるかに充実した生活を送っている。



多分、俺はもうそんなものなんて使う気になれないだろう。
そして、あの日一人の老女が教えてくれたことを一生忘れられないだろう。






人にしか伝えられない言葉がある
言葉は人が云うことで伝わるのだ














Fin.












090329


漢字の成り立ちでお題小説企画に
もしかしたら参加させるかもしれないブツ。

でも個人的にはラストがありきたりな気がして
あんまり納得していませんが



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