みじかいの

□哀愁キネマ
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まるで、出来の悪い映画を観ているようだった。



場面が浮かんでは消え、また、浮かぶ。
途切れ途切れの記憶の欠片が早く走るほど、その映画は鮮明になって
やがては一本のフィルムになるのだろう。

僕の、僕と彼女の物語を残す、大切なフィルムに。







才能がある、とは幼い頃から言われ続けていた。

だから僕は必死で弾いたし、母も高いレッスン代を惜しみなく自分の給料から出してくれた。
上手くいかなくても、音を外しても、誰も責めたり咎めたりはしなかった。
しなかったが、哀しそうな顔をして「才能はあるんだから」と僕を再び鍵盤の前に座らせた。


僕と出会い僕の奏でる音色を聞いた人は必ず僕を褒めた。
「綺麗」だとか、「上手」だとか、「才能がある」だとか
でもそんな言葉が欲しくて弾いてるんじゃない。そんな安っぽい言葉なんかのために。

じゃあなんのために弾いている?

いつの間にか、僕は弾く理由を失くしていた。




四六時中、朝から晩までピアノピアノピアノピアノ
弾くことをやめれば路頭に迷ってしまう。もはや僕にとってピアノは食っていくための道具にすぎなかった。
同じ場所で、同じような格好で、絶対に間違えない単調な曲を単調なリズムで奏でる。
規則的に並んだ黒と白の鍵盤を見ていると、自分がピアノを弾く道具にでもなったような気がした。

もううんざりだ!!

叫んで喚いて全部投げ出せたらどんなに楽だろう。
何かを強く叩きつけて、デリケートな音を狂わせてやれたなら。
でもそんなことに踏み切れるほど僕は肝の大きい男じゃない。

果てのない破壊衝動は、けして行動に移されないまま僕の中に蓄積されていった。






「 可哀想 」


突然やってきて僕の弾くピアノに寄りかかった女は、開口一番にこう言った。
そしてぽかんとする僕に目もくれず、続ける。


「せっかくいい曲なのに、台無しだわ。
 弾き手とピアノに心がないから、音色が全然響かない。
 いい曲に奏でようって、いい曲を聞かせようって気がないんならやめてしまえばいいのに。
 いっそその方が曲のためよ。今のままじゃ、この曲が可哀想。」


僕のピアノに対して意見を言った人は今まで多々いたが、僕やピアノではなく曲について言ったのはその人がはじめてで
手酷く批判されたはずなのに、その続きをもっと聞きたくなった。


「……君は、これがそんなにいい曲だと思うかい?」

「ええ。とっても。」

「でも、僕はこの曲もピアノもそれを弾く自分自身も嫌いなんだ。
 弾くことに何も見いだせなくて、毎日毎日ただ鍵盤を叩いてるだけの生活にもう飽き飽きしてて…
 僕に足りないのは、いい曲に奏でようという心だけ?他には何が足りない?
 それとももうやめるべきかな?」


早口でまくし立てるように問うてみてから、自分の行動に言いようのない馬鹿馬鹿しさを感じた。
一体どうしたいんだ。先刻会ったばかりの人にこんなことを聞いて、何を期待している。
だが謝ってなかったことにしようと口を開くよりも早く、答えが返ってきた。


「理由。
義務じゃない、貴方がこうしたいと心の底から思える理由が、足りないんじゃないかしら?
 理由があれば飽きないわ。理由があれば曲もピアノも貴方自身も、きっと好きになれる。」


それにね、と女は続ける。
貴方のピアノ、今はまだ響かないけど嫌いじゃないの。




その言葉は聞きたくない答えでも、期待していた答えでもなかったが
今一番自分に必要な言葉だった。









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