企画本棚

□本編
3ページ/5ページ


(まさか、もう死んでるなんてことないよな・・・?)
焦りで良くない想像ばかりが掻き立てられてしまう。
足だけは一心不乱に動かしているので、目的地へ近づいてはいるのだが・・・
「柏木アークホテル・・・?」
携帯の画面が示す三上の居場所は、この辺で二番目に高い高層ビルだ。
そしてその隣には最長を誇る、有名株式会社『ノースエンペラー』が佇んでいる。
あいつは何故こんな所に居るのだろうか。
それこそ猫のようにいなくなるつもりなら、もっと静かな場所を選ぶだろうに。
「・・・・・・あいつ、意味分かんねぇよ・・・!!」
昔から何を考えているのか分からない奴だった。俺も分かろうとしていなかった。
驚くほどドライで、友達と呼べるかどうかも曖昧な関係。
そんな奴のために、俺は今必死になっている。


みがって(身勝手)なのはお互い様だった。逃げてたのはあいつ。でも近づこうとしなかったのは他でもない自分。
「・・・最低だな。」
吐き捨てるように呟いた。
頭の奥で薄笑いを浮かべたもう一人の自分が囁く。
『もう間に合わない。無駄だ。諦めろ。』

そんな幻想を追い払うかのように俺は足に力を込めた。間に合わないかどうかなんてわからないだろう。あいつは本当はいいやつなんだ。俺はあいつに生きていてほしい・・・―


むり(無理)だなんて思いたくなかった。
無理だと諦めて、俺は救われるのか?救われないだろう。
今こんなに必死になっていることを無駄にしたくない。そのためにも、俺はあいつを止める。
あいつがどんな状況に立たされているとしても・・・そうすることが、あの時電話をかけた俺の、あいつの世界に少しでも踏み込んでしまった俺の責任、けじめのように思えた。


 * * *

アークホテルの六階の隅にあるロッカールーム。その二段目の奥から三つ数えた扉が、『物』の在り処。
躊躇いのない手つきで鍵を回し、扉を開くとそこには一つの紙袋が置いてあった。
「・・・さすが」
思わず口笛を鳴らしてしまいそうになる。可笑しいほど手順通りだ。山川のツテは当てになる。
この“紙袋”を入手する経路を紹介して欲しいと駄目元で頼んだ時も、本人こそ渋ったが、経路はわりとあっさり繋いでくれた。
(ったく、止めたいんだか煽りたいんだか)
思ってから、そのどちらでもあるのだろうなと自分で答えを出す。
山川は今回の作戦と俺の事情を知る唯一の人間だ。そして・・・あの男を憎んでもいる。
友人として止めたい気持ちと、同士として応援したい気持ちとがぶつかり合った結果、あんな奇妙な位置に立つ羽目になったのだろう。
(―――哀れだな。俺も、山川も。)
中身を確認するため紙袋をひっくり返す。
手の平にずしりと加わった漆黒の重みは、あの男の命の重みのような気がした。


め(目)の前で拳銃というものを見たのはさすがに初めてだ。
弾の数は二発。業者の仕事は正確だ。きっと注文通りこの中には二つの弾丸が込められているはず。

一発目はあの男のため。
残った一発はこの物語の結末のため。

さぁ始めよう。最高の悲劇を演じてやる。
舞台の幕は上がった。もう誰も止められない。


 * * *

もうすぐアークホテルに着くというところで、異変に気付いた。
三上の位置を知らせる点が、いつの間にかノースエンペラーにある。
移動した。ただそれだけのことなのだろうが、俺はやっぱり腑に落ちない。
時間を確認すれば、三上との電話が切れてからちょうど一時間ほど経過したところだった。
アークホテルが目的地ではなったのか。
だとしたら、一時間もアークホテルで何をしていたのか。
最終目的地はノースエンペラーなのだろうか、他の場所なのだろうか。
ひょっとしたら、三上は死のうとしているわけじゃないのかもしれない。
仮に死のうとしているとしても、その前に何かしなければならないことがあるのだとしたら・・・
どちらにせよ早くあいつを捕まえるべきであろうことは確かだ。


やる気は十分ある。ただやたらとでかいこのビルから、三上一人を見つけるのはやはり難しい。そしてなんと言っても、この場にそぐわなすぎるラフな格好。明らかに不審者扱いされている。
俺は人畜無害で人好きしそうな笑顔を張り付けてフロントに悠然と向かう。バイトで培った作り笑いには自信があった。
「あの〜忘れ物を届けに来たんですが。」
受付嬢はあからさまに怪しんでこちらを睨んでいる。
「どちらの社員にか伺ってよろしいですか?」
「あぁ、ええぇと・・・佐藤さんにです。」
日本で一番多い名前だ。きっと居るはず。
「下の名前もお願いします。」
やっぱりそうくるか。俺は少し眉を下げて、申し訳なさそうに返答する。俺って意外と演技派かも。
「ごめんなさい。頼まれただけなんで下の名前まではわからないです・・・。」
「じゃあ、何課でしょうか?」
しつこいな、この人も。ここまできたら、一か八かだ。
「営業課の佐藤です。」


ゆっくりと、受付嬢が下げていた顔をあげる。
その顔にははっきり、拒絶の色が浮かんでいた。
「当社の営業課に、佐藤は在籍しておりませんが?」
しまった。目の前が真っ白になる。
賭けに負けてしまった。もうここには入れない。人を呼ばれてたたき出されてしまう。
何かを言わなければならないのに。そうでなければ今すぐ走って逃げ出さなきゃいけないのに。
そんな簡単なことが出来ない。
電池が切れた玩具のようにぴくりとも動けないでいる俺のすぐ横に人が立った。反射的に喉が引き攣る。まずい。
「・・・あー、総務課の佐藤和良(かずよし)さんのことじゃないかな?あの人、先日営業課から異動したから。」
「山川代表!」


よそう(予想)外の展開に汗が止まらない。とりあえず、助かったのか?
「多分、あっていると思うけど?」
山川と呼ばれた男がこちらに向き直る。
「どうもありがとうございます。すいません、助かりました。」
にっこりと微笑んだ、あ、やばい、顔つる。
「君たちもいくら今日が警戒体制だからって、そうやっていきなりお客様を不審者扱いするのは感心出来ないですよ。」
「す、すみません。」
さっきまで攻撃的だった彼女たちも、今や俯いてしまっている。どうやらうまくいったようだ。
「あの、じゃあ僕、もう大丈夫ですよね?」
何かボロが出てしまう前にさっさと中に入ってしまいたい。
「あぁ、そうですね。ただ、申し訳ないのですが今日はちょっとしたパーティーがありましていつもより警戒が厳しいので、私が総務課までお連れ致します。」
フワリと笑みを浮かべる顔は作り物みたいに見えた。綺麗すぎる笑顔。何も読み取れないその顔は、三上のそれにどこか似ている。


らいきゃく(来客)用の札を山川から受け取り、首から下げた。
こうして『無害な来訪者』をアピールしなければいけないらしい。やはり、大手の会社は違う。
清掃が行き届いた白い廊下を歩きながら、前を行く山川の目を盗んで携帯をチェックした。三上はまだこのビルの中だ。早く見つけないと。
しかしこのまま総務課に案内され、「佐藤和良さん」とやらを呼ばれてしまうと非常にまずい。
今のうちになんとかして山川を撒かなければならないのだが・・・
無情にも『総務課』と書かれたプレートのかかった扉が、俺の目に飛び込んできてしまった。
万事休す・・・!二度目のいやな汗が背を伝う。扉が開き、中からどこか深刻そうな顔色の女子社員が出てきて、俺たちの横を小走りでかけていった。ああ、もう扉は目の前だ。

・・・・・・が、山川はその扉に目もくれなければ立ち止まりもしない。
そしてそのまま、扉の前を通過してしまった。
俺は面食らって振り返る。・・・『総務課』、確かにあれは総務課だ。俺は総務課の佐藤和良に用がある来客という設定だったはずなのに。
場に流れる奇妙な空気に耐え切れず、山川を呼び止めてしまった。
「・・・あの、山川さん・・・・・・?」

「君、三上宗介の知り合いだろう。」


りょうめ(両目)を見開く。今、この人何て言った?
「悪いね。今の時代、誰かの素性を調べようとするのは、驚くぐらい簡単でね。」
そう言いながら山川はエレベーターの前で立ち止まった。そして、ゆっくりとボタンを押し、こちらを向く。
「もうあんまり時間がない。だから、これだけ聞かせてほしい。」
こいつは一体、何者だ?味方なのか敵なのかそれすらわからない。
「君がどこまで知っているのかは分からないが、たとえ君が三上のすべてを知ったとしても、彼を見捨てないと今ここで誓えるか?」
エレベーターが到着して扉が開く。山川はそのまま乗り込んだ。
「もしも誓えるのなら一緒に来い。一緒に来るなら、私は全力で君に協力する。悲しいが、私だけじゃ彼を止められない。」
三上のすべて。ぶっちゃけそんなのはどうでもいい。
「俺は三上に戻ってきて欲しいだけです。」
俺と共にいることを選んでくれるなら、それだけで満足だ。
俺はエレベーターに乗った。




ルビーのあしらわれた巨大なシャンデリアが眩しい。
俺は今、最高に場違いな場所にいる。
この会社に潜入するときも明らかに浮いていたが、それも今の浮き具合に比べたら可愛いものだ。
『ちょっとしたパーティー』とのたまった山川を心の中でなじる。
どこがちょっとしてるんだ、この野郎。思いっきり盛大なパーティーじゃねェか!!
しかし当の山川が、あまりの浮き様に引け目を感じている俺の気も知らないで、紳士淑女の脇をずんずん突っ切っていくので、文句も言えない。付いていくだけで精一杯だ。
広い会場をしばらく歩いて壇上に近づくと、ようやく壁沿いの位置に落ち着く。とりあえず目立たない所に来れて一安心の俺に、間髪入れずに山川は言った。
「このパーティーは『ノースエンペラー』の企業拡大、利益増加を祝う目的のものだ。パーティーの主役である我が社の社長が、もうすぐこの壇上に上がる。」
「だからなんだっていうんだよ・・・。ノースエンペラーのお偉いさんが、俺のやろうとしていることにどう関係するって言うわけ?」
「三上のターゲットは、その社長だ。」
耳を疑う。待て、辻褄が合わない。ターゲット?何の話だ。俺の思考は一気に乱気流へ突入する。
「どういうことだよ・・・、あいつ、死のうとしてるんじゃ・・・!?」
「本当に、三上から何も聞かされてないんだな

三上は、ノースエンペラー社長相沢司郎(あいざわしろう)の隠し子だ。」







(12.01.28)

続きます。

.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ