みじかいの

□Jesus!!
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それは肌寒い、秋の夕暮れ時のことでした。
ゆっくりと黒い山に沈んでいく夕陽が、木枯しに舞い上がる木の葉と同じ色に
地上を染めてゆきます。
世界の中にある、ごく平凡なその村も例外ではありません。

その村には教会がありました。
小さな村の、小さな小さな教会です。
そこの神父さまは無名ながら、とてもとても慈愛に満ちた方で
村人達の悩める心を救おうと日々尽力なさっておりました。

平和な村だったので、村人達が懺悔してゆく事柄は本当に些細なものでしたが、
神父さまはいつでもその些細な悩みに真剣に向き合います。

村人達もそんな神父さまを慕い、少しでも心に悩みやわだかまりが残った時は
救済を求めて教会の扉を叩くのでした。



すっかり朱く染まってしまった教会へ、一目を気にしながら一人の男がやってきました。
古びた麻のマントに全身をくるんだ姿はさながら旅人。
男は真っ直ぐ神父さまの元へ駆け寄って、マントのフードを下ろすと言いました。


「神への懺悔は、まだ間に合うだろうか?」


男の顔を見て、神父さまはすぐ自分の目の前の椅子に腰掛けるよう勧めました。
すっかり頬肉がこけ、目の下にはくっきりと疲労の隈の残るその風貌が
男のこれまでが壮絶なものであったということを物語っていたからです。
言われるとおりに腰掛けた男はよっぽど小心者なのか、あるいは疑心暗鬼に陥っているのか、
どうあっても警戒心を解く様子がありません。
それではどうしようもないので、神父さまは優しく男を促します。


「まだ遅くはありません。神は貴方の懺悔を受け止めるでしょう。
 あとは貴方が自身を解き放てばよいのです。だんまりでは、救われませんよ。」

「……誰にも、聞かれたくない話なんだ」

「ここにいるのは私と神のみです。」


すると男はやっと警戒の色を薄め、重い口を開きました。
しかしその懺悔は、神父さまの想像していたものよりずっと重く、
ずっと大変なことだったのです。



「嗚呼神よ、そして神父様……俺は人を殺してしまいました。」



神父さまは小さく息を呑みました。
些細な懺悔ばかりを聞いてきた耳に、その懺悔はあまりに強烈でした。

しかし男はそんな神父さまの様子など気付きもせずに
懺悔を続けます。


何故そんな事になってしまったのか
いつどこで、何を使ってどんな人間を殺めたのか
その時の自分の心境はどんなものだったのか

男は事の詳細を神父さまに話しました。
塞き止められていた水がついに流れることを許されたように、言葉は溢れ、とどまるところを知りません。
何度も何度も言葉の合間に「神様、」と呟く仕草は病的です。

しかし落とされる懺悔の数が増えるほど、男の死人のような顔色が良くなっていくのもまた事実でした。
男は文字通り、懺悔することで救済されていました。







と、そこへ



荒々しく扉を開く音が、厳かな静寂を保つ教会に響き渡りました。
突然の介入者たちは早足で男のもとへ駆け寄り、一斉にその身体を拘束します。

まさに一瞬の出来事でした。
拘束された男でさえ、はじめは何が起こったのか分からず目を白黒させました。
しかし押さえつけられた手首に銀の錠をかけられた瞬間、この介入者たちの正体や目的を悟り、
今度は滅茶苦茶に暴れ出します。


「やめろ…離せ!!俺は懺悔したんだ!!」
「神の前で清らかな身に戻ったんだ!!」
「やりなおすんだ!俺は神に許された!俺には人生をやりなおす権利がある!」
「懺悔した!許された!俺はっ…俺は聖人だぁぁあ!!」


一方介入者たちは暴れる男を冷ややかな目で一瞥し、そのあと
身に纏っていたマントを脱ぎ捨てました。
マントの下から現れたのは、象徴的なモノトーン調の制服と、輝かしい金のバッチ



「ベルガモン街銀行員殺害事件の容疑者として、お前を連行する。」

「ほら、さっさと歩け!」



そうして男は、隣接地域からきた警察官に連れられ
教会を出て行きました。

その目が最後に映したのは、警官の一人から深く一礼される神父さまの姿。


「ご協力、感謝致します。」

「…いいえ、私は神の御心のままに行動したまでですので。」



そこで初めて、男は自分を逮捕に至らしめたすべてを悟るのです。



「何故……懺悔にはまだ間に合うと言ったのに、
俺は許されたのに…懺悔したのに………!神よ、どうして……」



車に乗せられ連行される間もずっと、男はこう呟いていましたが
その切なる疑問が神父さまに届くことはなく
ましてや神に届くことも一生無いのでした。















 Jesus!!    (謝れば済む話?)








結局のところ、裁きを下すのは
神ではなく人間なのです。













Fin.








091009

※Jesus=ジーザス

初の挑戦、語り口調
詠み終わったあとになんとも言えない喪失感が残る
そんな作品を目指して玉砕(…





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