企画本棚

□本編
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て(手)の先が、動揺で小刻みに震えているのが分かる。
奴の言った言葉を頭で理解するより早く口が出た。
「っ、俺がいつお前に近づいた?!もとはと言えばお前が・・・・!!」
急に失踪したりするからじゃないか。
拒絶されたことに対する怒りが溢れ出す。
詮索してほしくないなら、それはそれでいい。
俺だって人の世話を焼いてやれる余裕があるわけじゃない。
ただ、お前の顔を見なくなった三週間。その三週間の非日常が、俺は耐えられなかったんだ!
塞きを切ったように流れ出す感情は、どこか悲しみにも似ていた。


とうぜん(当然)のように俺との関係を切り捨てようとするこいつに、何を言おうが自分が惨めになるだけなのに俺は止められない。奴のため息が聞こえた。
「何?いきなりさ。いままでこれが普通だったじゃん。」

「じゃあ電話を切ればいい。」
三上がふいに黙り込む。
「近づいてほしくないなら、今すぐ電話を切って着信拒否でもすればいい。」
ちょっとした賭けに出てみる。こいつの本心を見てみたい。


なんてことないだろう。本当に俺が鬱陶しいのなら。一思いにやってくれ。
そのほうがこのモヤモヤとした気分を払うことが出来るし、後腐れも無い。
「・・・・・・。」
しかしそれきり三上は黙り込んでしまった。俺の言葉を無言でやり過ごそうとしている、というよりは、なんと返すべきか考えあぐねているように思える。
なんだ。何を考えているんだ、お前は。
もう少し手を伸ばせば、こいつの本心の一欠片を掴める気がした。


ニッと口角が上がる。俺はさらに続けた。
「助けてほしい?」
「冗談。」
「言ったら助けてあげるのに。」
「お前に何が出来るってのさ?」
「とりあえず、まずお前の味方になってやる。」
どう、魅力的じゃない?最後にわざとらしくそう付け足す。
「お前、キャラ違くないか?」
「そりゃあ、あんなこと言われればなあ。」
案外傷ついているんだ、コノヤロー。
それになんとなく分かってきた。こいつは電話を切れない。
「無言は肯定ととりますけど・・・・・」
きっと軍配は俺に挙がる。


ぬき打ちの心理テストのような駆け引きの末、あいつは受話器ごしに白旗を振った。
「・・・負けたよ、負−け。助けて欲しくないといえば、嘘になりまーす。」
「なんだよその言い方。」
「けどさ、本当にお前が出来ることって応援とか味方になることぐらいだよ。それ以上はしてもらうつもりないし、てゆうか何も言わないで消えるつもりだったし。」
「消える?どういう意味だよ、それ。」


「ねこ(猫)みたいな終わり方が理想だったのにな。」
「お前、もしかして死のうとしてないよな?」
言葉にすると一気に現実味が増す。電話口の声はどうやら笑ったようだった。この笑い方、そうだ、聞き覚えがある。
「ちょっ、お前!待て!一旦、こっちに帰って来い。俺は味方になるんだ。だからちゃんと説明しろ!」
こいつがこうやって笑う時は危ない。


「のんびりしてる場合じゃないんだよね、マジで。」
応じる気がないのか、俺の呼びかけにまったくそぐわない返事を寄越してくる。
「駄目なんだ。このままじゃ。何も知らないふりをしてこのまま普通に生き続けるんじゃ、俺は、きっと駄目になる。」
『〜♪〜♪』
声の後ろから『かごめ歌』が聞こえてきて、初めて三上が屋外に居ることに気付いた。

「じゃあね。さよなら。」



 ***


はっきりと俺はそう言った。けれど、やはりこの電話を切ることができない。俺は、こいつに何を求めているんだろう。
胸の中で蠢き俺を縛り続けている真っ黒い塊。俺はずっとこの真っ黒い塊によって動かされてきた。
なのに俺は今、このこいつからの電話に縋りつきたくて仕方がない。
「おい!さよならとか言うな!!」
あぁ、もっと早くこいつと出会えていれば良かった。そしたら違う結末を見つけられたかもしれないのに。
「ごめん。」
けど何もかも手遅れで。俺に残されているものは、もうこの憎しみしかない。この感情だけで生きてきた。今さら、他の道は歩めない。


ひどい話だと、自分でも思う。
助けてやると。味方になるといったこの男を。俺は一度突き放し、しがみつき、また突き放そうとしているのだ。
静かに受話器から耳を離し、目の前に立ちはだかる巨大なビルをゆっくりと見上げる。
胸に満ちる醜い感情が、より濃くなったのが分かった。

「行って来るよ、母さん」



 ***


・・・・・・ツー、ツー、ツー
無情に響き渡る、音。
「・・・おい・・・嘘、だろ・・・?」
切りやがった、アイツ!!
慌ててリダイヤルをかけるが、繋がるはずもなく。頭が真っ白になり、体からドッと力が抜けた。
駄目だ。終わった。これであいつの居場所は永遠にわからない。
確かに交渉では俺が勝っていた。だが、だからといってあいつが絶対に電話を切らないという保障なんて、どこにもなかったのに。
「発信機でもついてたらな・・・」
・・・いや、待てよ?
俺の携帯、確かそんな機能がついてなかったか?


ふだん(普段)から説明書とかちゃんと読んでおくんだった。どうにか目当ての機能を見つけ、すぐに検索をかける。
携帯が導き出した場所は意外なほどに近かった。ここなら、一時間ちょっとで行ける。
俺は無我夢中で走り出した。


「彼女?」
「違う。ただの・・・知り合い。」
屋上の入り口には山川が立っていた。
「あの人は、あのビルの42階でただ今パーティー中。絶好の機会?」
「専属秘書がそばにいなくていいの?」
「よくはないけど、君をみすみす犯罪者にするわけにもいかない。」
「だから、止めに来たってわけ?」
「復讐からは何も始まらない。他人に遮られた思いは残るからね。だから、ギリギリまで手は出さない。君の意思じゃなきゃ意味がない。」
「無駄だよ。俺の憎しみは消えない。」
そうなんだ。もうこの感情は俺の意識を超えてしまった。
言うなればそれは鼓動のように。止まったのなら、もう俺は生きていられない。


へんじ(返事)は聞こえなかった。
言うべき言葉が見つからないのか、何を言っても無駄だと思ったのかは分からないが、いずれにせよ俺の心を変えることは出来ないだろう。
「誰かに止めてもらえる程度なら、わざわざ危ない橋渡らないしね。」
「そりゃあ、そうだけども」
「もう時間がない。さっさと始めるよ。ほら」
咎めるような声音を遮り、左手を出して催促すると、苦い顔のまま山川が鍵を取り出した。
ロッカールーム用の小さな鍵だ。
「おまえのほしいモンが入っているだろうよ。仕事は滞りなく済んでいる。・・・けど、それを手にした瞬間おまえは犯罪者の仲間入りだ。」


「ほんとう(本当)にやなことしか言わないよね、あんた。」
「事実だ。よく考えろ、まだ間に合う。今なら・・・」

「うるさいよ。」
こぼれでた声は誰のものかを見失うほどに低い。気付いたら、指先の血が止まるほどに手を強く握っていた。
「何がまだ間に合うだ。もうすべてが手遅れじゃないか!きれい事は止めてくれ。」
勘違いしそうになる。俺にもまだ違う道があるって。
俺は鍵をひったくり、逃げるように階段を下った。
頭の中ではあいつの言葉が響いている。
『さよならとか言うな!!』
じゃあ一体どうすればいい。
手の中の鍵を見つめる。自分の鼓動を感じる。そのまましばらくいると、黒い霧が体中を満たす。
大丈夫。
大丈夫。
俺は正論なんていらない。



 ***



(11.10.09)
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