(旧視聴覚室にてお笑い部より)

□後日風邪引き
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オセロの駒をひたすらに積み上げていく。
これが手持ち無沙汰の境地か。
俺はその様子をそれとなく眺めていた。
建築者はうんざりしたような顔を上げて言った。

「がっさん〜」

要件は何か、って言ったってそんなのは愚問だ。

「…暇なんだろ」
「大当たり」

今日千尋は講習で呼び出しを食らっている。
いつもの古びた視聴覚室には俺と笑いに貪欲な女だけ。
俺たちじゃそいつの帰りを待っていた。
窓からは季節に似合わないひんやりした風が入り込んでくる。
ああ、そういえば、急な雨にご注意をと今朝のテレビが言ってたっけ。

「暇ならまたドッキリでも仕掛ければ?」
「ここでドッキリするとさー、千尋ちゃん本気でびっくりして床抜けちゃうかもしれないからさー」

確かに。静かに頷く。
それを納得できるほど俺はこいつらと親しくなってきていた。


「風が涼しいねがっさん」

寒い、とは言わない。これも暗黙の了解の一つだ。
受験生に落ちるなどの言葉を使わないのとまるっきり一緒。

「夕方から降るって」
「ええ!?か」
「傘持ってきてない。だろ」
「そうかぁがっさんって魔美ちゃんだったのかぁ」
「エスパーじゃねえから。古いよ。…あ」

言ったそばから、雨。
さぁぁっという音は一分も経たずにざばざばという音に変わった。

「わぁー!すごい!」

窓枠に手を掛け跳ね飛ぶうちのお嬢。
おいスカート。スカートがめくれるぞおいお嬢。

「そんなに跳ねてたら落ちるぞ」
「おお、そこはかとなくミステリのかほり」
「はあ?それだと俺が犯人扱いパターンじゃねえかやだよ」
「うおおがっさん!真っ白だぞ!ゲリラだ!俗に言うゲリラ豪雨だ!」
「話ガン無視かお前は」
「ゲリラってゴリラみたいでおもしろいよね」
「おもんな」
「おもしろいねがっさん!」
「おもしろいです」

振り向いた顔は満面の笑み。
何がおもしろいのかはさっぱり分からないが、まあ、楽しいなら何よりだ。
そう思いきや日向は急に声を張り上げた。

「よっしゃー!」
「!?」
「飛び出せ青春!」
「は!?」

そのままよく分からないことを叫びつつ日向は走り出した。
床が音を立て、扉が音を立て、お嬢はその場から消えた。

「あいつ…ついに頭がおかしくなったか…」

外からばしゃばしゃと水の跳ねる音がする。
これは…大雨の音じゃない。
はっと弾け飛ぶように、彼女が掴んでいた窓枠を同じように握った。

「がっさーん!シャワーだ!無料だぞおおお」

馬鹿発見。
きゃっほおおと叫びながら中庭を走り回る女がそこにいた。
正直見つけたくなかった。頭が痛い。

また彼女と同じように、床を軋ませ扉を鳴らし、ばしゃばしゃ音を立てて、身元に駆け寄る。
何ヶ月か前にコンビニで買った525円の折り畳み傘を握り締めて。

「お前馬鹿か」
「人生馬鹿な方が楽しいよ」
「何得意気になってんだ笑えねえよ」
「青春だよ」
「ああそうだねはいはい青春青春。風邪引くぞ、おい」
「タオル持ってる?」
「持ってない。こんなこと予想できるかよ」
「まあいっか、千尋ちゃんなら持ってるはず!」
「また有沢かよ…消毒液といいタオルといい、なんでも持ってるなあいつは」
「私の行動は全て見抜かれている……と?」
「かっこつけた顔すんな、そう思うなら自分で用意してこい」
「仕方ない…じゃあ手始めに傘は私がさしてあげるね」

ほい、と日向は自ら手を差し出した。
傘を持たせろということだろうか。
そう言うのならと思い、手渡してやることにした。

「ほれ」
「そーれ!!」

日向は傘を思い切り振り下ろした。
その勢いでバサッという音と共に傘は見事に反転する。

「ああああああ」
「こうやって雨水溜めたりしたよね!!」
「人の傘で何してんだ!!絶対戻せ!今すぐ戻せ!」
「そんなにワナワナしちゃって…わーったわーった、戻す戻す」
「何めんどくさそうにしてるんだよ!」
「私の手にかかればすぐ下に戻…」

バサアッ
ポキッ

「あ」
「あ?あって何だ」
「あ」
「あ?」
「ああ、あー、あーうん…うん」
「ああ!ああ…」

大雨の中庭に残されたのは三箇所骨の折れた傘と、冷や汗をかいた女子生徒と、それを見つめる男子生徒だけだった。

「あの…購買のプリンで許してください」
「風邪引け」







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