(旧視聴覚室にてお笑い部より)

□お笑い部始動
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誰もいなくなった教室、時計は14時を指す。
始業式である学期初日の終わりは早い。
こんな時間まで残る物好きはあまりいない。

ましてや文化祭でお笑いをやりたいなんていう物好きはもっといない。
…と思っていた…んだけど。


「拒否権はないんですか。
俺、お前たちのこと、まだ全然知らないし…」

「まずトリオ名から考えますか!はい、皆さんアイデアを!」

あ、やっぱり俺も組み込まれてるのか。
知り合ったばかりの奴にこいつは何を言っているのだろうか。馬鹿だ。ありえない。
こんなことがあってたまるか。

打開策を模索していたら、隣の席で突っ伏したままの有沢からくぐもった声が聞こえてきた。

「…やめたいです」
「『やめたいです』?千尋ちゃんどんだけ消極的なトリオ名それ。
でも逆にいいかも!書いとこ!」

そうして『文化祭有志参加』の文字の下に『やめたいです』という言葉が付け加えられた。

「違うだろ」
「『違うだろ』?峨山くんどんだけ否定的なトリオ名それ。でも逆に、」
「よくねーよ!聞けよ!」
「ナイスツッコミ!さすが私が見込んだ男だこれからも宜しく!」
「聞けよ…」

だめだ、この女子と話していても脱力しか浮かばない。
隣の茶髪と同様、俺もまた突っ伏した。

「ちょっと!何沈んでるの!アイデアカモン!」
「峨山…お疲れさん…」
「うん…」
「なに男同士の友情育んでるの私も混ぜて!」
「帰ってくれ日向サン」
「寧ろ俺が帰りたい…安斎、そういうお前は何かアイデアないのか?」

そうだそうだと有沢がわざとらしい声を放った。
それを見てううんと頭を捻った安斎は次の瞬間に明るい笑顔と共に口を開いてみせた。

「島流し」
「……」
「…意味分かんねえよ!」
「お前を島流しにしてやろうか」
「おおっとなんて心に突き刺さるツッコミ!でも傷つくから今後やめてくれ!
あ、いい名前考えた!思いついた!これは凄い!」

「テンションが高すぎる…」
「…峨山、俺、トイレ行ってくるな」

そう言って席を立とうとする有沢の腕を寸でのところで掴むことに成功。

「何峨山くん俺膀胱破裂寸前なんだけど」
「有沢、お前逃げる気だろう」
「そそそんな訳、」
「…顔にギクッて書いてあるぞ」

睨んだら、その見た目不良男子は諦めたように席に腰を戻した。
こんな状況に突き落としておいて抜けがけなんて許さないお前も道連れにしてやる。


「まあ聞いてよ!これは自信作!」
「はあ…」
「安斎日向と有沢千尋の頭文字A、そして峨山樹里の頭文字G。それを組み合わせると…!?」

一瞬間を置いて有沢はその答えをぼそりと言った。
「Ag」
それって
「…銀じゃねえか」

本当に諦めたのだろう、有沢はさっきよりか話に乗ってくるようになっていた。
「銀はさすがになんでってなるから…後ろになんか付けるとかどうよ!?」
「なんかってなんだよーそのなんかを具体的に示せよーこれだから千尋ちゃんはー」
「こいつむかつく」

早く帰りたい。俺も話に参加することにした。
「αとかか」
「ちゃっかり人のアイデアかっさらっていきやがってハゲタカかお前は!?ちくしょう!」
「αは嫌だ次のステージへ進もう」
「次のステージってどこだよ…」
「じゃあΩとかにしたらいいんじゃないの!?」
「お前は何も分かっていない」
「むかつくなこいつ。帰っていいかな」
「αの次のステージというと…βか?」
「おおじゃあそれで!さすが峨山くん!」
「お前理不尽極まりないな、昔からお前はそういう奴だったよ」

苛々と机を叩く有沢を横目に、安斎は教卓から俺のほうに身を乗り出し、聞いた。

「原子量107.9個体にも液体にもなる元素番号47ってなんだっけ」
「銀じゃねえか」


時計は14時56分を指す。
ああまだまだ帰れそうにもない。


カーテンからさした日なたに照らされ、ホワイトボードに書かれたAgβの文字が光った。



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