(旧視聴覚室にてお笑い部より)

□なんでやねん
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中庭に桜吹雪が舞い、教室に備え付けられているスピーカーからは入学式開始の連絡案内が鳴っていた。
去年は俺もあそこにいた。

1年間は長いようで短かった。
2年生=クラス替え。
あちこちからはしゃぐ声が聞こえる。
俺は友達と数週間ぶりの再会を終え、何事もないかのように机から窓の外を眺めていた。

コンビニで買った紙パックのジュース。
それにささったストローを数回噛んでみる。
当たり前だが味気ない、強いて言うならプラスチックの味。
下らない俺の癖。たまに子供っぽいと指摘されるが特に気にはしていなかった。
口唇欲求ってやつだろうか。
爪を噛むのとなんら変わらないその行為を続けながら、机の上の用紙へ視線を落とす。

クラス替えの際配布されたプリントだ。2年A組からG組までのクラスそれぞれのメンバーが名前順に記されている。

2年A組、出席番号10番、峨山樹。
そこから指差しなぞる。最後の31番まで指を滑らせても何も変わらない。
今までよく話をしていた奴らと離れてしまった。
特に部活にも所属していない俺には結構痛手だ。
まあ、そんなことで何か思うほど女々しくはないけれど。交友関係を広げるいい機会だ。
そこまで考えてまた窓に視線をやろうとした時だった。

ガラリと教室の扉が開いた。
「おはようみんなこれからよろしく!!」

その大きなソプラノに思わず前方を見る。

セミロングの栗毛の女子がそこにいた。見慣れたうちのセーラー服が揺れる。その後ろから茶髪の男子が教室に入ってきた。

「日向!おはよー!」
「お、愛、おはよ!」
「日向もおんなじクラスかあ!嬉しい!」
「えっ、照れる、えっ」

たちまち女子に囲まれるそいつは日向というらしい。
これからよろしくということは同じクラスだろう。
またプリントを指でなぞる。
案外早くに見つかった。

2年A組、出席番号2番、安斎日向。
はじめて見たという訳ではなかった。
名前ははじめて知ったけど。
男子からも女子からも先輩からも先生からも人気のある生徒だ。
自分が気にしていなかっただけで、きっと1年の頃廊下ですれ違うくらいはしている筈だった。

黒板の前で席順を確認していた茶髪が振り返り、大きな声で言う。
「日向ぁ!これ出席番号順?」
「そうじゃないの?」
だよね?と周りの女子に確認する安斎。一人がこくこくと頷く姿を見て、安斎はその茶髪へと視線を戻した。

「あーまた一番前かよ…」
茶髪のそいつはじゃらじゃらした鎖をつけた学校鞄を教室の一番右前の席に置いた。

プリントが教えてくれた。
2年A組、出席番号1番、有沢千尋。

あんな髪色じゃすぐに反省文指導をくらうだろうに。
頭の中で思いながら無意識に自分の黒色の頭を一回触っていた。


「おーけー。あ、俺、カノジョに会ってくるから!先生来たらトイレ行ってるっつっといて!」
安斎のカレシではないのか、と、クラス全体の空気が伝わってくる。
なんとなく思っていた俺もいるからそこは否定しないでおこう。

「了解、帰ったって言っとく」
「ざけんな」
「だってトイレが千尋ちゃんちでしょ?」
「ざけんな、お前、俺のクラスでの第一印象トイレの神様になっちまったじゃねえか。
んなことより、お前ちゃんと言えよ?」
「帰ったって?」
「しつこいわ」

ちゃん付けされたその男は悪態をつきながら教室を後にした。
クラスの中で小さな笑いが舞い起こる。

ふうと息をついた。
これがこいつの有名な理由か。
悪くない容姿、悪くない性格、誰にでも好かれる、女子。

いるんだよな、そんなやつ。
俺と真逆の位置にいるといってもいいだろう。

「なんでやねん…」
ぼやいて、頭を机につけようと思ったときだった。

ガシッと肩を掴まれた。
「っ!?」
急なその現象に思わず振り返る。
「ね」
その肩の感触の元は、栗毛の女子、安斎だった。
「…!」
聞かれていたのだろうか。確かにあの言葉は安斎に向けたもののように聞こえたかもしれないが…

俺がしていたように出席番号と名前を照らし合わせ、
「君、…ええと、峨山樹くん」
だよね?と小首を傾げ聞いてくるこいつの意図が全く見えないでいた。

「そう、だけど…何?」
どきりと心臓がはね続ける。
分からないことへの恐ろしさが募るのを感じた。
いつも通りの表情を浮かべるのを意識して行っているくらい。
少しだけど長い、そんな間を切り裂いたのは安斎日向のほうだった。

「ナイスツッコミ」
「…は?」
にかっと笑ったそいつは俺の席の正面にしゃがみこんで、俺の頭から足先まで流し見た。


なんだ、なんなんだ、この女子は。
呆気にとられたまま口を開けていると、さっき聞いたばかりの声が近付いた。


「日向ぁ、カノジョいなかっ…お!まだ先生来てないの!ラッキー!」
「あー残念、先生に言えなかったじゃん」
「ざけんな。…あれ?お、そいつ誰?」

仲良くなったのか?そんなことを言いながらそいつ…有沢も安斎の隣、つまり俺の席の近くにしゃがみこんだ。

「そう!峨山くんだよ!」

一点の曇りもない笑顔を浮かべて安斎は有沢に言った。
なんでお前が紹介するんだよ。お前のこと、俺まだ全然知らないんだけど。お前もそうだろう?

先手を打たれたおかげで俺はこれくらいしか言うことがない。
「…どーも」

「おう宜しく!俺、有沢。こいつうるせえけど、ついでに宜しく」

「ざけんな。有沢のことはね、千尋ちゃんって呼んでいいからね、峨山くん」
「なんで、「ざけんな」…宜しく有沢」



あいつらとのはじまりの記憶は
こちらを見上げて笑う、見た目不良の茶髪男子と栗毛で馬鹿みたいに明るい女子の顔だった。




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