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□紺屋の明後日
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午後9時、藍色の空。
少しだけ髪が伸びたあいつは相変わらず真っ直ぐだ。

「そんな高級そうなもの受け取れません!」

それならばこんなものは必要ない。
ああそう、と言って俺は踵を返した。
その足で、そのまま知り合いに売りつけてやった。
一度は宝石に変わった紙束は、また紙束になって俺の手に返ってきた。




素直じゃないのはお互い様。
後悔したって知らねえぞ。
換金された中身が入った封筒をポケットに詰め込む。
諭吉が何人入っているかなんてさしたる問題ではない。

しかし、いつもの通りマスターに押し付けようと思ったら逆に押し返されてしまった。
自宅のソファに体を預けて呟く。

「クソ」

そもそも、その黒目でショーウィンドウを眺めていたのはお前じゃないか。
なんて面倒くさい生き物だろう。

欲しかったんじゃないのか。なんなんだよ、あいつは。
手を伸ばさなければ何も手に入らない。
俺はそうしてきた。周りの奴らだってみんなそうしてる。
そして時たま他人に嘘を吐き蹴落とす。


…ああそうだ、そうだった。
「あいつは馬鹿なんだった」

高級なレストランで赤薔薇の花束でも仕込めば受け取ってもらえたのだろうか、なんて、そんなのは柄でもない。
奴の頭の中は砂糖菓子のようにふわふわかと思えば、バニラエッセンスが入りすぎていたりするから考えものだ。

プライドで塗り固められて捻じ曲がった考え。
あいつは相変わらず真っ直ぐで、俺の捻じ曲がった部分を露骨に示す。

俺は知っている。
あいつは感情を隠して「いらない」と伝えただけで、俺はちょっとしたいつものからかいで。
いつものことだ。
いつものことなのにこんなに思考回路が巡るのは、
背を向ける瞬間に見えた顔があんまりに不細工だったからだ。
腹の中が煮えくり返りそうになったことはあるが、拒否されてチクリときたことなんて、いつぶりだろうか。


大人気ないとあいつは言うだろう。
いつものことだ。

この世は後味の悪いことばかりだ。
…いつものことだ。




(あんなかおをさせたかったわけじゃない)
(こんなきもちになりたかったんじゃない)


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