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□みのる
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「梶さんがお見えになるとは懐かしいですね」
「…なんか呑む?梶さん」
「ねえ桐生さん、メニューこれなんて読むの?俺っち学がなくてさあ」
「好きな味言えば」
「あー辛いのがいい」
「かしこまりました。それではごゆっくり」


マスターが会釈をして扉を閉める。ここは「お仕事」用の部屋だ。
昔の吉見の知り合いは首をこきこきと鳴らした。
昔よりも質の良いスーツを着て。



「いやあ、ここのバーはなんつーか…むず痒いねえ」
「……」
「地元のしみったれたバーのが好きだなあ、俺っちは」
「じゃあそっち行ったら?」
「そんな寂しいこと言わないでくださいよ、桐生さん。用が無きゃこんなところまで来ねーよ」


まあちょっと聞いてくれや。すぐ帰るからさ。
煙草を口にくわえて、銀色のジッポで火を付ける。
その様子をぼーっと眺めていたら、梶さんは俺にも一本差し出してきた。
素直にそれを受け取り、自分も吸う。

…あ、これ、俺の嫌いな味だわ。



「あんた、葛城稔って知ってるだろ?」
「葛城事件」
「そうそう」

この世界で暮らしていない奴でも知っている。
いや、むしろ一般人のほうが敏感だろう。
他に類を見ない凶悪犯罪と騒がれた、いかれた男の物語だ。









ライアーゲーム×葛城事件










「簡潔に言うとさ、似てんだよ」
「何が」
「みの…あ、葛城な?目が。桐生さんとそーっくり」


喧嘩でも売りに来たのかお前は。

いかにもなその男の名は梶という。
随分と月日が経った。こうして顔を合わすのは久しぶりのことだ。それがこれかよ。

以前どこからか小耳に挟んだことがある。梶さんが葛城稔の面倒を見ていると。
あの頃のそれは散々な言われようだったが…梶さんはなんやかんやうまく立ち回っていたようだ。
見た感じ、奴は奴で裏の世界の生活を楽しんでいる。それならば構わない。


当然だが、酒はすぐにきた。
梶は目の前のグラスにワインを注ぐマスターに礼を言った。
俺はいつものやつをロックで。煙草の味を掻き消すように口の中で酒を転がす。


「でも桐生さんとは質が違うんだわ。あいつ、ほんとお子ちゃまだったからさ」

その一言から、五分経ったか十分経ったかそれ以上か。
酔ってんのか、酔ったふりして自分を慰めているのか。
とにかく梶さんは喋り続けた。
俺のことなど眼中に無いかのように。

「稔さあ、寿司なんかいっつもさび抜きでさあ、コーヒーもブラックで飲めねえの。
どんだけガキだって話だよ。そのくせいっつもでけえ口叩いてよ」


すぐ帰ると言ったのはどこのどいつだったっけ?
くつくつと笑いながら奴は聞いてもいない思い出話を語って聞かせた。
当の俺は(半分聞いているのかも分からないような状態で)苦い顔をしながら聞いてやった。適当な相槌も打たずに。
ただただ黙って話の終着を待った。それがあるのかすら分からずに。


「俺、ずっと面倒見てきたんだよ。ずっとな。それこそ生まれた時からずーっとだ。
まだ俺っちがえらく下っ端だった頃からだよ。ほんとだぜ?」


はあーと息をつき、奴はくつくつとした笑いを静かに止めた。


「昨日死んだよ。」


氷がカランと音を立てる。
カランカラン。冷たい音だ。

ここではないどこかを見るように目を細めた。
俺は煙草を灰皿に押し付ける。
終着は、そこか。
梶さんは柔らかいソファに身を沈め言った。


「死んで正解だよ、あいつは」


宙に煙草の煙を吐きながら。
梶さんは上目遣いがちに、何、テレビ見てねえの?あんた、と聞いた。
あいつ、死んだよ、と。もう一度。


「だから思い出した。桐生さんの目と似てたなーって。それで久しぶりに会いたくなっちまった。
悪かったね?そっちも忙しいだろうに」

「全くな」


『優ちゃ、ちょっ待っ、今日はお客さんが、優ちゃん!』

「…?」

外が何やら騒がしい。ドタバタした音。
スタッフと思わしき声に振り返ると、扉の向こうから黒い髪がちらりと見えた。
思わず片手で頭を抱える。
…最悪だ。
いつの間に。いつから。迂闊だった。


「葛城事件の犯人とお知り合いだったんですか?」


他に類を見ない凶悪事件は、他に類を見ないほどの早さで刑が執行された。
連日の報道。
一時収まった火は再燃して、世間を賑わす。
犯人の生い立ちからそいつの自宅やら何から何まで。


そこにいる女…篠宮が何を考えているのか手に取るように分かる。

きっと情報越しに憤慨しただろう。
ああ、きっとまた暴走する。


「なんでそんなことをするのか理解出来ないです。
何の関係もない子どもを無差別に…他にも沢山沢山悪いことして」

「…おい、篠宮」

「遺族の苦しみ、被害者の苦しみ、それを聞いた人々の苦しみ…
だって、その人は一言の謝罪も無しに死んでしまったんでしょう?」

「おい、篠宮」


梶さんはぷわっと煙を器用に輪っかにして、目を閉じた。
なあ、と低い声で言う。

「俺っちさ」
「…はい」
「あんたみたいな姉ちゃん、嫌いだわ」
「へ…?」
「偽善者の匂いがする」

サングラス越しに冷たい目が見えた。

「嫌いなんだよ。
あんたみたいな…いかにもな安全地帯から正義振りかざす、そういう長い黒髪の女。
…本当に、嫌いだ」


そこでなんとなく違和感を覚えた。…こいつ、篠宮に言ってるんじゃない、と。

しかし篠宮はそんなことに気付かず応戦しようとする。


「そんな、…失礼じゃないですか!」

「こういうのとは早く手を切ったほうがいいぜ桐生さん?
絶対ろくなことにならねえから。
んじゃま、俺っち忙しいからそろそろ帰るわ!」

篠宮を押しのけて扉に手を掛けた。大声でホールへ叫ぶように、

「あ、マスター!マスター!?代金!ここ置いとくな!?」
「ありがとうございます梶さん。またお待ちしております」
「うちはそういう店じゃないんだけど、お客さん」

睨んでやった。勘弁して、本当に。
ホールの客達がこちらに視線を投げかけているのが分かる。

「ああそっかそっか、悪いなマスター。チェックで」
「遅えから。ていうかうるさい。静かにして」
「あー悪い悪い、じゃ、桐生さんも元気でな。また来るよ」
「…ん。ちょっと待って」
「ん?忘れもんでもしたか?」

馬鹿正直に向かって手招きする。
ちょっとおいで。

「篠宮」
「な、なんですか」

「?どうした、桐生さん」
怪訝な顔で梶さんがこちらを見つめている。

「趣味悪い」
「へ?」
「盗み聞き。」
「…」
「篠宮、返事」
「…」
「篠宮、返事。」
「…はい」
「ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
「俺にじゃなくて。梶さんに」
「…ごめんなさい」

ぺこりと頭を下げる篠宮は、少しばかり不服そうなオーラを醸し出していた。
俺だったらまだ許さないところだけど。梶さんはバツが悪そうに薄く笑った。

「…いや。悪いね、お姉ちゃん。
俺、疲れてるみたいだわ。
じゃあいい加減帰るよ。外に車待たせてるから。じゃあな」


手をひらひらと振って、彼は自分の居場所へと帰っていくのだろう。


篠宮が下を向いたまま口を結んだ。

「ごめんなさい」
「もうすんな」
「……」

これがもっと重要な話だったらえらいことだ。
めんどくせえ。もういっそのこと部屋を防音にしようか。
あ、それいいな。そうしよ。エロいこと出来るし。そうしよ。
ぼーっと考えていたら隣から声がした。
閉ざされた店のドアを眺めながら

「…あの人泣きそうな顔してました」
「は?」
「私には分かります」
「…あっそ」

偽善者。
そんな言葉が、梶さんの言葉が。
耳元で鳴った気がした。
















































今年も実った。大きな橙色の柿が。来年も実る。再来年もきっと実る。

みんな居なくなったけど、
それでも実り続けるだろう。

遠い昔の言葉。
そういや言ったね、苗木に向かって、そんなことも。
久しぶりに口に出した。

「みのるといいな」

ぽつりと涙が零れてきた。阿保くせえ。
阿保くせえよ、ほんと。





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