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□零れ落ちそうな
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嗚呼。くるしい、くるしい。
復讐に駆られ生きていた俺
騙し騙され生きた数年は泥沼だった。
神経を張り詰め日々を過ごした。
もう慣れてしまっていたけれど、それでも気の休まることはなかったと思う。
そこから助け出してくれたのは彼女だった。
なのに、息つく暇もなく俺はまた知らぬ間に突き落とされていたのかもしれない。
……嗚呼、くるしい、
くるしい、愛くるしい彼女の笑顔が、くるしい
。
他でもない彼女によって救済され、
そして同時に恋の淵に追いやられた俺は
そりゃあ滑稽なことだろう。
あの時はこんなことになるなんて思ってもみなかった。
出所した瞬間に助けを求めてきた見知らぬ女
馬鹿とつくほどの正直さはあんまりに危うくて…
ずるりと壁に背を預ける。
なんて俺らしくない。
こんなの、彼女の本棚にあったありきたりな恋愛小説のようじゃないか。
そういえば映画化が決まったから観に行きたいと言っていたっけ。
秋山さんも一緒に行きましょうよ、と
ごめん、それは出来ないんだ。
俺は確実に引き際を誤ってしまった。彼女を傷つけず、そして自分も傷つかないタイミングを。
もう手遅れだ。耳の奥で彼女の声がする。
秋山さん
秋山さん
みないで俺をみないで、お前は俺のことなんてみないほうがいいんだよ、お前にはもっと大切なものがたくさんあるだろう?
嫌いだ、君なんて。
うんざりだ、君に振り回されるのは。
そう言って彼女の知らない所まで行けばいいだけの話。
ただそれだけのことなのに。
それが出来ない理由を俺は知っていた。
アクアリウムを眺めた。
ブルーの光を受けながらネオンテトラがひらひらと舞い
水草のパールグラスが揺れる。
…くるしい。
優しい嘘にまみれた俺は、その優しさ故にとうとう息が出来なくなってきていた。
口から出るのは細い溜息だけだった。
張り付いたポーカーフェイスの奥に押しやった真実を彼女だけには悟られてはならない。
うっかり気を抜いたら
零れ落ちそうな
(涙と真実)