心の在処

□初恋が終わる時
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私たち以外誰もいない、静まり返った校庭の静寂を破った、たった一つの質問.聞かれる事が分かっていた質問.そして、どう答えれば良いのか分からない質問.


助けを求めるように、工藤君を見上げる私.この動作にももう馴れて来たわね..灰原哀と江戸川コナンだったときは大して身長も変らなかったのに.


それよりも、工藤君の幼馴染みである彼女が、彼の異変に気付かないはずがない.一目瞭然の事を聞いて来たのは、やはり私たちの口からの確証が欲しいからなのか...



そんな私の考えや計算などお構いなしに、彼は勝手に彼女の質問に答える.






「さっきも言ったけど、こいつの名前は宮野志保だ.帝丹高校三年へ編入した、俺の相棒、またはパートナー、兼恋人、そして運命共同体だ.」




そして、勝手に原爆を落とす.



いつも通りの場所にいなかった蘭さんを探しに来た園子さんにも、その言葉は聞こえてた.家を早めに出たはずなのに、時計の針は、もういつ他の生徒たちが来ても良いような時間を示していた.


最初に沈黙を破ったのは、園子さんだった.


「ちょっとあんた!」


すごい勢いで、工藤君の胸ぐらに両手でつかみかかる彼女.


「今自分が何言ったか分かってるんでしょうね!今自分が何したか分かって、それを言ったんでしょうね!」


不思議な事に、蘭さんは無表情で、何もせずに、静かにと立っている.いや、それは違う.彼女は無表情で立ってるんじゃない.悲しみや孤独感に押しつぶされそうな顔をして立っている.


怒らないのだろうか.


喚かないのだろうか.


泣き崩れないのだろうか.


やっぱり工藤君が言った通り、蘭さんは強かった.私が彼女の足下にも及ばない程の女だと言う事を、改めて実感した.






「分かってる.嫌と言う程分かってるっつーの..」

工藤君の声からは、苦痛しか聞き取れない.















「そう..」



やっと蘭さんが顔を上げる.今度こそ無表情だと言っても安全だろう.組織にいた私でさえも驚く程、よく感情を隠しきっている.



これで歩み去るのかと思えば、違った.


「じゃあ、昔みたいな幼馴染みでいてよね、新一..」



これほどすんなりと受け入れてもらえた事が信じられなかった.


工藤君も、頷く事しか出来ない程、驚いていた.


鞄を持ち上げ、今度こそ歩き去ろうとした彼女を、思わず引き止めてしまった.


「どうして..どうしてこうも貴方は優しいの?どうして私を罵らないの?憎まないの?どうやったら、こうも簡単に受け入れてくれるの..?」


彼女は微笑み、立ち止まる.あのベルモットにエンジェルと言うニックネームを付けられた理由も分かるわね...


「どうして..か..」


彼女のこの行動に驚いているのは私たちだけでない.園子さんも一緒だ.


「多分、新一に大切な人が出来たって言う事には、もう薄々気付いていたから.そして、ついこの間引っ越して行った知り合いに、貴方が似ているから、かな.」


それだけで..


皮肉な物ね.工藤君を彼女から奪った灰原哀と言う存在に免じて、許してもらえるなんて.


「そう..ですか..」


「良いよ宮野さん、敬語なんて使わなくても.私たち、なんか良い友達になれるような気がするしさ.」


これは驚いたと言うより、たまげたの分類に入るんじゃないのだろうか.


初対面の、しかも工藤君を奪った私と、良い友達になれそう、だなんて.でも彼女らしいと言えば彼女らしいわね.



「じゃあ、行きましょう.始業式に遅れてしまうわ.」


今度は彼女が私の手を引いて、体育館へと引っ張っていく.


「じゃ、園子も行こーぜ?」


あのまま固まってしまった園子さんを、揺すって起こす彼.当の本人には結構なお世話よと振り払われてしまったのが少し見苦しい気もするが.


帝丹は、小、中、高等学校の三個に、校長先生が一人しかいない.十日前に聞いた物に負けず劣らず長ったらしい挨拶.左には蘭さん.右には工藤君.宮野志保に戻ると言う決断も、あまり悪くはなかった様ね..


クラス割りを見てみると、これまた神様のいたずらなのか、四人とも一緒のクラスだった.不意に、あの三人はどうしてるのだろうと言う疑問が浮かび上がってくる.二年生になった彼らの姿も見てみたいわね...


一応転入生は私一人なので、始業式特有の長いホームルームの前に、担任の先生が私をクラスに紹介する.


クラスの男子の視線が痛い..


工藤君が留年にならなかったのはまさに奇跡だった.いや、神川校長先生の汚れた心が起こした奇跡、と言った方が正確でしょう.


彼の両親が、息子が戻ってくると電話を入れた際に、どうぞどうぞと言った上に、補習も必要なしと言い渡されたと言うのが衝撃の事実だか、その裏には、有名人が学校に通っていれば、学校の名声も上がると言う、いかにも人間らしい動機が有ったとかなかったとか..


まあ、それは置いといて.


私は、唯一開いていた、四列目の窓側端っこの席に通される.隣は工藤君ではない.彼は斜め前だ.蘭さんでもない.彼女は私の前だ.この一学期、私の隣に座る事になった人物は、園子さんだった.



私が挨拶しようか迷っているうちに、彼女はそっぽを向いてしまった.内心、この人を敵に回したらまずいなどと考えるが、もう既に敵と見なされているのかもね...


「それじゃあ、仲良くしましょうね、宮野さん?」


すぐさま振り返って、手を伸ばしてくる蘭さん.言葉に刺がまるでない.本当の友達のように接してくれている.それが逆に辛い.こんなことを言える立場じゃないのにね.


「ええ.」


握手に応える.


工藤君のように、温かい手.


私の事を憎むまいと、精一杯頑張っている人の手.


私を、灰原哀として、何度も助け上げてくれた手.


そして、多分私の新しい親友になるであろう人の手.




「起立!」


突然先生の号令がかかる.


椅子ががたがたと音を立てながら動く.


「気を付け!」


「礼!」


おはようございます、と一斉に挨拶する、生徒三十人.だが、先生が着席の号令をかける前に、教室のドアが開いた.


「工藤君が帰って来たって言う情報は確かなんでしょうね?」


入り口に立っていたのは、まぎれもなく警視庁捜査第一課の佐藤刑事だった.


帰って来て早々事件かよ..と漏らしながら、立ち上がる工藤君.


「じゃあ先生、行ってきまーす..後、宮野も借りていきます.」


江戸川コナンになる前もしょっちゅう警視庁からのお呼び出しをくらっていたのか.でも問題はそこじゃなくて、私も同行させられていると言う点だ.


勝手に借りないでよね、などと反抗しようとしている間にも、私たちは佐藤刑事を追い、学校玄関までたどり着く.それにしても、工藤君と初めて一緒のクラスになった人達の顔は見物だったわね..他は何が起きたのかさえ気付いてないような態度を取っていたけど、それは多分なれてるって言う事だろう.


「今日はどういうご用件で?佐藤刑事.」


靴を履くなり早速調査モードに入る彼.


「未完全密室殺人事件.被害者は桑島遼太郎、47歳.金融会社社長.毒殺されていたわ.」


話しながら車に乗り込む私たち.


「ところで工藤君、いつ帰って来たの?それと彼女は誰?」


「帰って来たのはついい一週間程前の事ですよ.それと紹介してませんでしたね、まだ.こいつは宮野志保、俺のパートナーです.」


へぇ、この年でパートナーなんて語るんだ〜、などと驚きながらも、運転のスピードを緩めない彼女.


「それで佐藤刑事、殺害にはどんな薬物が使われたんですか?」


役に立てるところで立っておこうと、一応事件のあらましを聞き出そうとする.


「宮野さん..だったわね?それがまだ私たちにも分からないのよ.まあ、それほどレアな毒を使ってくれたんだから、逆に入手経路などを通して犯人の特定がしやすいんだけどね.もうすぐ現場に着くから、工藤君と貴方で何か分かるかもしれないわね..」


彼女の言葉の通り、私たちは会話が途切れてから一分もしないうちに、結構大きめの三階建ての建物に達した.佐藤刑事が私たちの事を通してくれて、エレベーターで二階へと上って、社長室に達した私たち.ドアを開けるのと同時に、組織で嫌と言う程嗅ぎなれて来た薬の匂いが鼻を突く.





ムッシモール...


















後書き

話のテンポが少し速すぎると言う事は自覚しています.これからが本番だと考えてもらえれば大変助かります.

~次回予告~
高「工藤君、犯人はもう分かったのかい?」
新「ええ、あそこにあれが残っていれば証拠にもなります.だよな、志保?」
志「そのはずよ...それより、なんで私がここに..」
新「良いじゃねーか別にんなこまけーこと..」

次回、「パートナー」
解決される密室殺人と、正体を暴かれる犯人.新一と志保を待ち受ける、もう一つの困難.そして、一旦普通に戻る高校生四人の日常生活.

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