心の在処

□ 叶う夢、叶わない夢
1ページ/1ページ

どうしたものかしら.あの千円って、フサエさんからもらったお年玉の残りだったのに...小学一年生は信用するにあらず、と言った所かしら.それにしても、二人でこのただっぴろい阿笠邸にいるとなれば、結構気まずくなるわね.朝の心地良い沈黙なんで、夢のようだわ.なに考えてるのかしら、彼..

っていうか、推理小説読んじゃってるし.いつの間に持ち込んだのかしら?
題は..見ようとしたとたん、彼が顔を上げた.

「なあ灰原..」
「何よ.」

ついとげのある言い方をしてしまう.せっかく二人っきりだというのに...

「ちょっと良いか?」

急に、向こうのソファに座っていた彼が、こっちがわに移動してくる.色が白いだけに、紅くなりやすい私の頬は今頃燃えているだろう.

「えっ..ええ、いいんじゃない?」

出来るだけ動揺を悟られないように返事する.彼って結構鈍いから、取り繕いさえすれば気付かないかもしれない.その可能性に賭ける私.

「今日の朝の話なんだけどよ..オメー、本当に戻らねーのか?うまくすれば、俺と一緒に高校通えるって言うのにさ.蘭や園子もいるし、楽しいぜ?」
「結構よ、貴方と蘭さんのラブラブぶりなんて、想像するだけでも恥ずかしいわ.」

何を言い出すかと思えば..この鈍感さも、度が過ぎている.一瞬、わざと気付かない振りをしているんじゃないかという考えが頭を横切るが、ないないと、すぐ理性にかき消されてしまう.

「なんで俺と蘭がラブラブなんだよ!幼馴染みだからっつって、なんでそう決めつけるんだよ..からかわれる当人の気も知らないでよ..」

これは驚きだ.彼が蘭さんに恋してるのは周知の事実なのに..当人が気付いてないって言うのは予想外ね.

「蘭さんじゃないって言うのなら誰なのよ?貴方が病院で眠りに落ちる度にささやいていた名前の女性って?」

そうそう、これはまだ話してなかったわね.病院で彼の看病をしている時に、まるで呪いのように彼がささやいていた名前の事を.声が低すぎて誰かは聞こえなかったけど、表情やトーン、いつも後に来る「好きだ」からして、蘭さんで間違いないと思ったのに..変ね.

「それは..」

紅らむ彼.こんな顔の工藤君を見るのはずいぶんと久しぶりな気がするわ.

「ま、まあとにかく聞いてくれ.蘭の話を持ち上げてくれたのは助かる.その事でお前にちょっと相談したい事があるんだけどよ..」

他の人に関する恋愛相談?この私に?

「良いわ.今回は退院早々という事に免じて聞いてあげる.そのかわり、少しでも馬鹿げてるような気がしたら、即帰ってもらうから.」

これは面白そうね..

「お、サンキュ!じゃすぐ本題に入るとして..最近蘭が夜中に俺の名前を叫びながら、悪夢にうなされてるようなんだよな..当然新一の事を.んで、おっちゃんは起きてこないし、俺も一応小学生のはずなんだから何も出来なくってさ?なんか薬、ねーか?元凶は俺なのに、どうもしてやれないなんて、ちょっとあれだしな..」

「優しいのね、相変わらず.元凶は明らかに私なのに..でもごめんなさい、悪夢なんて非科学的なものは専門外なの.」

しょぼんとする彼.まるでどこにボールが行ったかわからず、おろおろして言う子犬、といったような顔ね..

「そっか..なら仕方ないな.」

案の定すぐに開き直ってますけど.

「じゃあ、時間も時間だし、俺もう帰るわ.」

言われてみれば、確かにもう夕方の七時過ぎだ.博士は後数日学会から帰ってこないらしく、家には私一人しかいなくなる.娘の小学一年生修了式に行けないと、非情に残念がってたが、何せ有名な研究仲間の発表会らしく、私に押され、渋々出かけていった.

「また明日な、灰原.」

いつもの気障な笑顔で出て行こうとする彼.

「それと、あれはお前だったから..」

聞こえるか聞こえないかという程の小声で付け足す.私は雷にでも打たれたように立ち上がる.さすがの彼も何かを察したのだろう、ドアを半開きにして立ち止まっている.

全身の毛が逆立つような思いはもう経験済みだと思っていた.ならこれは何?

「今..なんて言ったの?」

聞こえてたはずなのに、聞き返してしまう.なのに、返事はない.

「今言った事、もう一度はっきり言ってみなさい!」

ここは泣く所なのか.それとも、怒る所なのか.判断しかねる.だから同時に両方やろうとする.

「病院で囁いていたのは、お前の名前だった、っていったんだよ.」

落ち着いた声で口答えする工藤君.

それを聞き、へなへなとその場に崩れ落ちる私.なんだったのよ..

「これまでの私の努力はなんだったのよ!全部水の泡じゃない!この一年間の研究をどうしてくれるのよ!私が貴方を蘭さんのもとへと戻す下く、寝ずにした研究は...解毒剤用の情報を手に入れるために貴方が負った傷はなんだったのよ!が貴方を蘭さんのもとへと戻す下く、寝ずにした研究は...ふざけないでよ..冗談でしょ..冗談だと言いなさいよ、工藤新一!この卑怯者!!どうしてくれるのよ..」

泣きながろも彼を罵り続ける私.これまた驚いた事に、彼は笑みを浮かべ、そっとそばで見守ってくれてる.怒ってる様子は..ない.悲しんでる様子もない.驚きの顔色一つ見せていない.これも全て想定内という余裕の表情を浮かべ、ただただ私が落ち着くのを待ってくれてる.でも、聞きたくない.きっと、この後すぐに、彼が言う事になるだろう言葉は.だから、両手で耳を覆う.目も閉じる.顔を膝に埋める.聞きたくない、聞きたくない..お願い..やめて..

私は貴方に愛されてはいけないの.私も貴方を愛してはいけないの.この片思いは間違ってる.自分なんて、彼に信用される事は愚か、そばにいる事さえ許されていない.この恋、あると気付いたその瞬間に、墓場まで持っていくって誓ったのに...

そして、感じる.子供のものでありながら、どんな悪からも、敵からも守ってくれるような力強い手.私のあごをそっと持ち上げる.ここからはまるで映画の一コマ一コマをじっくりみてるかのように、鮮明に分かる.近づく彼の気配、そして二秒と続かない、軽い、軽い口づけ.

「好きだよ、灰原.お前が.世界中の誰よりも.」

前に聞いた事のあるセリフ.あのときは何とも思わなかったけど、いざ自分に向けられてみると、頭の中で何度も何度もこだまする.

そして、新しい涙が、私を抱きかかえている彼の服を濡らす.嫌だ、嫌だ、嫌だ..あり得ない..嘘だ、きっとそうだ..嘘に決まってる.蘭さんへの罪悪感と、私への同情.これを彼は恋心と間違えてる.勘違いしてるに決まってる.私、夢でも見てるのかしら...

「お前はどうなんだよ?」



前回よりもはっきりと、鮮明に聞こえる彼の声.夢じゃない.現実だ.私が夢見た現実だ.そして、蘭さんの夢を壊す現実だ.それでも欲張りな私は答えようとする.全身の力を振り絞って、理性を振り切って、ただゴール地点へとは知り続けるマラソン選手のように..




「..私も」

私も好きよ..工藤君.

そして、今度は自分から、彼にキスする.














後書き
~次回予告~

蘭「ねえお父さん、コナン君みなかった?」
小「眼鏡のボウズならまた博士んち言ってくるって、ついさっき飛び出していったぞ?」
蘭「もう、また..?」

次回、「帰ってきて、新一!」蘭の心の叫び、繰り返し付かれる嘘、明かされぬまま眠り続ける真実、そして..お楽しみに!

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ