記憶の赤、愛しき人よ。

□知りたいと日常
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夜風にあたりながら一人で王宮への道を行く。
夜も賑やかなシンドリアの国民の姿を見つめては笑みを零した。
時々声を掛けてくれる人がいて、少し話をしながらゆっくりと帰路を辿る。
初めはまったくわからなかった道も今では一人で歩けるようになったのが嬉しい。


「はー、たまには適度にお酒も楽しいなぁ」


飲み過ぎると謝肉宴の時のようになるのは困るが、と自虐する。


「あ、あれは特例だけど。でもみんなに迷惑かけちゃうもの気をつけなっ」


と、突然、ニルヴァの裸足に何かが刺さった。


「痛っ!」


足の裏を見てみると、小さい赤い石のような、何かの破片のようなものが刺さっていた。
すぐ取り去ったが、思ったより深く刺さっていたのだろう、血が出てきた。


「あちゃー…やっちゃった」


しかも歩く際に地に着く部分なので、歩く度に軽く痛みが走る。ざりざりとしたとても小さな石が傷口に入るような気がした。

暫く我慢しながら歩いていると、後ろから声を掛けられた。


「どうした」


バッと振り返ると、どこから現れたのか、その声の主はマスルールさんだった。


「怪我でもしたのか」

「えっと…まぁ…。でも大したことないので大丈…」

「見せろ」


こちらの有無など聞かず、マスルールさんは軽々と私を抱き上げて地を蹴り上げた。

一瞬のうちに私たちは馴染んだ王宮の屋根の上に降り立つ。
マスルールさんは屋根に私をそっと降ろして座らせ、左脚を持ち上げてまだ少し血の出ている足の裏を見た。


「結構深いな」

「は、はい、あの、大丈夫ですから。医務室に行けば処置してもらっ!!?」


ニルヴァは突然声を裏返した。
何故なら、マスルールが足の傷口をべろりと舐めたからだ。
唾液のたっぷり絡んだ舌が傷口を何度も舐め、くすぐったいのとしみて痛いのと恥ずかしいのとでニルヴァは逃げ出したかった。
舐められた拍子に反射的に足が上がって、マスルールの顔を軽く蹴り上げてしまう。


「っ…」

「あっ、ごごご、ごめんなさい!!」

「…………」


筋の通った高い鼻を抑えて、ムスーンと不機嫌そうな表情(と言ってもこの鉄の表情筋の持ち主から読み取れるものはごく僅かだが)をした。

気持ちは分かるのだ。
舐めときゃ治るという考えの上でマスルールがそうしたのは分かるのだ。
ニルヴァ自身も今までは怪我をしたら舐めるなり薬草を用いたりの生活をしていたので、そう、彼の行動の意図は分かるのだ。
しかし王宮には医者もいるわけで。
怪我の処置など簡単にしてもらえるのだから、こうやって舐める必要もないと思うのだが。


「あの、ほんとに大丈夫ですから…!」

「ん」


私の言葉を軽く流してマスルールさんはそれをやめない。
時々関係ない場所まで舐めるもんだからくすぐったくて笑い死にそうになった。

それは結局血が止まるまで続けられ、恥ずかしさで泣きそうになった。


「…悪化しないように、処置はしてもらえ」


最初からそのつもりでしたよ…!
心の中で涙混じりに叫ぶも、その声はマスルールさんには勿論届かない。
有り難いといえば有り難いが、この人はつくづく読めない行動を取るなぁと思った。



    *   *   *




翌日、アリババさんの鍛練に付き合うため、私はアリババさんと王宮の石造りの廊下を歩いていた。


「…ん?おい、ニルヴァ。その足どうした?怪我でもしたのか?」


ふと足許に目をやったアリババさんは私の足に巻かれた布に気付きそう言った。





 
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