記憶の赤、愛しき人よ。

□目覚めて
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一瞬驚いて肩が小さく跳ねると、その手はサッと引っ込んでしまう。

手の方を向くとそこには、あの赤髪の青年――マスルールといっただろうか――が座っていて、表情のないその目の中に、僅かに申し訳なさが浮かんでいるように見えた。


「あ…」

「…悪い。驚かせたか」

「い、いえ、その……」


真っ直ぐに見つめてくるその飴色の瞳があまりに綺麗過ぎて、思わず俯いて視線を逸らしてしまう。

そうだ、と、思い出す。
この人は私を助けてくれた人だ。
建物の屋根を伝って走ったり跳んだり、空に私を放り投げたり……やり方は人間離れしたところもあってちょっと無茶苦茶だったけど、海賊を倒して、私を守ってくれた。
何かお礼を言わなければ。


「……あの、先刻は、ありがとうございました。その、海賊から、私を………助けてくださって」


使用する言語がここと同じで助かったと感じるのは、やはり感謝の気持ちを述べる時だ。
魚を売りに出る時なんて言葉を使わずとも身振り手振りだけでもやり取りができることが多いが、気持ちは大して伝わらないし。
使い慣れない敬語を使って、恥ずかしさに時々目を伏せながらも、彼に礼を言う。


「…ん。……悪かったな。手荒な真似して」

「そうですよ。全く、空中に彼女を放り投げてその隙に海賊を倒すなんて。私が間に合わなかったらどうなっていたことやら…」

「はぁ、すんません。でも、匂いで近くにいたのわかったんで、あん時は任せたっス」


ジャーファルが少し怒った口調で小言を言うと、マスルールは悪びれる様子もなく適当に詫びる。


ジャーファルさんの話によると、マスルールさんは海賊の船の上で私を空高く放り投げた時、仲間が追いついたことに気付いたらしく、一番安全な場所にいたジャーファルさんのところに落ちるように落下点を測って投げたらしい。
ジャーファルさんが落ちてきた私を抱き留めてくれたみたいたが、生身で上空から落ちてくる人を受け止めるのは無理だ(マスルールくらいなら容易いだろうがな、とシンドバッド様は笑う)。

では、意識を失う前に感じたあの温もりは、彼のものではなかったのか…と、何故か残念に思う自分がいた。


「ヤムライハが魔法で水のクッションを作ってくれて助かりましたよ。あれがなかったら、今頃私は全身の骨が砕かれていたことでしょう…」

「あれくらいお安い御用よ。なんたって私、天才魔導士なんですもの…」


ジャーファルが自分の肩を抱いて身震いをしていると、マスルールの後ろから今度は別の女性が傍にやって来る。

水色の髪で、いかにも魔法使いのような出で立ち。
ベッドの側に膝をついて立ち膝の姿勢をとり、私の額にそっと手を当てて、うんと頷く。


「体調は悪くないみたいね、よかった」


綺麗な笑顔を向けられ、つられて口元が弛む。
この人が、魔導士のヤムライハさん…。

ヤムライハさんは私の右手をとり、両手で包むように優しく握る。


「はじめまして、私はヤムライハ。あなたの名前は?」

「ニルヴァ…です」

「ニルヴァ、ね。綺麗な名前ね。…ニルヴァ、いろんなことがあって、戸惑う気持ちもわかるわ。だけど安心して。あなたのことはこの王宮で保護することになったから…これからここで暮らしてもらうわ」

「えっ………ここ、で…?」

「…あー。…ヤムライハ、それについては俺が説明するから、一旦下がってくれるか」


ヤムライハさんの言葉に私が驚きを見せると、シンドバッド様がゴホンと咳払いをして止め、ヤムライハさんは礼をして大人しく下がる。





  
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