記憶の赤、愛しき人よ。

□新たなる来訪者
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「おいで、パパゴラス」


彼女が腕を差し伸べると、ちょうど今沈んでいく太陽によく似たオレンジに青などの色が混ざった羽毛をもつ鳥が、バサバサと羽を羽ばたかせてそれにとまる。


「ふふっ、良い子ね」


腕を引き寄せて身体に頬を擦り寄せると、パパゴラスも気持ち良さそうに目を閉じて一声鳴いた。


「……爪、痛くないか」


ふと、少し離れたところから声がする。
そちらを振り返ると、マスルールさんがしゃがみ込んで、群がるパパゴラスたちに餌をやっていた。


「大丈夫ですよ。ちゃんと力を緩めてくれているみたいなので」


ねっ、と腕にとまるパパゴラスに笑いかけると、機嫌良さそうに羽を広げてもう一度鳴いた。
マスルールさんはそれを見たあと、足許のパパゴラスたちに袋から餌を一掴みして投げてやった。

最初パパゴラスを見た時はびっくりしたけど、綺麗な羽が気に入ったし、彼らも懐いてくれたので、時々こうして遊んでいる。
初めて肩にパパゴラスがとまった時、鋭い爪が食い込んで皮膚が切れたことがあったため、マスルールさんは心配してくれているようだ。
彼らにとってボスであるマスルールさんに首を絞められ(彼からしたら叱るつもりだったみたいだけど、そうされた側からしたら命の危険を感じたらしい)、どうやら私に危害を加えることは危険だと学習したようでそれ以来攻撃をしてこなくなったのだが。



「………もう、平気なのか」


こちらを見ないまま、突然マスルールさんは私に問うた。
それに私は少し苦い顔をして笑う。


「えぇ。…まぁ」


その答えに自信はなかった。


あまり覚えていないのだが、あの後私は気を失ったらしい。
目を覚ましたのは侍女さんたちが血だらけになった私の身体を湯で濡らした布で拭ってくれていた時で、その時は驚きとか恥ずかしさとかで頭がこんがらがってパニックを起こしかけたが、事情を聞いて落ち着きを取り戻した。
落ち着きと共に、嫌な重みが胸にズシリとのし掛かった気もするのだけれど。

人を殺すのは初めてじゃなかった。
昔から何度も一族を守るために皆で闘ったことはある。
けど今回ばかりは何か違った。
本当に、失くしたというか、壊れたような感覚がして。


「……どうして私たちがこんな目に遭わなきゃいけなかったんだろう」


独り言のつもりだったのに、口に出してしまったみたいだ。
マスルールさんがぴたりと動きを止めて、こちらを見ていた。

腕にとまっていたパパゴラスが飛び立ち、餌に群がる仲間に交ざる。


私たちは暫く無言のままだった。
パパゴラスの羽ばたきの音だけが二人の間で虚しく響いていた。


「………マスルールさん」

「俺は」


喉からようやく搾り出した震える声は、マスルールさんの声と重なって溶けて消えた。


「え?」


驚き彼の方を向くと、マスルールさんは屋根に座り、隣に座るよう促した。
それに従って腰を降ろすと、あぁまただ、森の匂いがする。

何故隣に呼んだのかという意味を込めて視線を彼に送ると、私をちらりと一瞥したあと、足首に嵌められた金属輪をそっと撫でて、口を開いた。


「俺は、レーム帝国の剣奴だった」





 
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