記憶の赤、愛しき人よ。
□屋根の上で
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夕刻、ニルヴァは王宮の屋根にこっそり登って夕陽を見ていた。
一番好きなのは朝の水平線から太陽が昇る瞬間だが、夕陽はその次に好きだった。
人に見つからないように壁を走って登り(壁に窪みは作らないので安心してほしい)、そっと膝を立てて座っていた。
修繕していた服が戻って来ていたので、馴染んだそれに着替えた。
ついでに洗ってもくれたようだ。良い匂いがする。
解いていた髪の毛が潮風に靡き、海面のようにゆらゆらと輝く。
「………やっぱり、まだ厳しいかなぁ…」
ニルヴァは呟いて、二の腕を身を抱くように擦った。
その肌には鳥肌が立ち、身体は小刻みに震えている。
海を見るのはまだ怖い。
そう日も経っていない記憶が呼び覚まされて、死への恐怖感が未だ全身を包み込む。
それでも夕陽が身を焼くような感覚は痛いくらい心地良くて、海を見ないようにと目を閉じる。
そのまま後ろへ倒れて寝そべると、彼女の美しい銀髪が屋根の上に散る。
王宮は思った以上に広かった。脚がくたくたになった。
今日1日の疲れもあってか、眠気も襲って来る。
ふわりと視界が闇へ反転しようとしたその瞬間、
カチャリ、
と、金属音が聞こえた。
「誰」
反射的に飛び起きて、音の方へ屋根に手をつき構える。
威嚇をするつもりで視線を向けたその先には、少し驚いたように目を見開いたマスルールさんがいて、動きをカチリと止めてこちらを見ていた。
「マ、マスルールさん………どうしてここに」
「…どうしてと言われても、俺はいつもここに来て寝ている」
構えを解きながら尋ねると、相変わらずの無表情でそう答え、人二人分ほど離れたところに頭の後ろに手を組んで寝転がる。
寝る、とは、昼寝のことだろうか。
にしては時間がおかしい、もう陽も落ちる頃だ。
そんなことを考えていると、マスルールさんがずいとこちらに腕を伸ばし
「食うか」
と言って、どこから取り出したのか、私に果物を差し出した。
疑問形でないことに多少の威圧感を感じつつ、礼を言ってそれを受け取る。
そしてマスルールさんは自分の分をその大きな手に持ち、がぶりと豪快にかぶりつく。