記憶の赤、愛しき人よ。

□知りたいと日常
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「え?…ああ、はい。ちょっと、石が足に刺さっちゃって」

「大丈夫かよ…だから靴履けってみんな言うのに」

「それが、どうも靴って落ち着かないんですよね…。慣れてないからなのでしょうけど」


足に怪我をするのは別に初めてではない。
ここで暮らし始める前、アイルーンの民としての暮らしをしていた頃から常に裸足であったため、貝殻の破片で足を切ったり、毒虫に刺されたりして腫れたまま歩くなんてことも変わったことではない。
それに慣れていたためか、どうも靴を履くと上手く歩けない気がする。
踵が高い靴なんて尚更。あれを履いて歩いてみたら転んでしまった。
シンドバッド様が花のモチーフの装飾の施された可愛い靴をプレゼントしてくれたことがあったが、その経験のため未だ履けずにいる。やはり少し練習した方がいいのだろうか…。


「まぁ、アラジンやモルジアナなんかも裸足だから別に変わったことじゃあないけどな。とにかく、傷大事にしろよ」

「はいっ」


「おーいアリババ!ニルヴァー!」


前方から届いた声の方へ顔を向けると、シャルルカンさんがこちらに手を振っていた。それを見た私たちはシャルルカンさんの傍に駆け寄る。


「おはようございます師匠!」

「おはようございますっ」

「おはよーさん!さ、今日もやるぜぇ?覚悟しろよ〜、アリババ」

「うぐっ…お、お手柔らかにお願いします…」

「駄目ですよアリババさん、手加減しませんからね!」

「お前の本気には勝てねぇよ…!」

「オラオラ、なーに弱音吐いてんだよ!いーからさっさと剣出せって」


アリババは苦い顔をしながらも懐の剣を取り出し、掲げて祖国の王宮剣術独特の構えをとる。
ニルヴァもそれを見て、シャルルカンから自分がいつも借りている剣を受け取り、そっと構える。


「はじめ!」


シャルルカンの鋭い一声を引き金に、ニルヴァが先に一歩踏み出した。
持ち前の速さでアリババに詰め寄り、力強く一閃をお見舞いする。
アリババは辛うじてそれを受け流し、お返しにと腕をニルヴァ目掛けて突き出す。
が、しかし既にそこにニルヴァはいなくなっていた。


「後ろですよ」


振り返った時には遅かった。
喉元にぴたりと刃を当てられ、アリババは硬直するほかなかった。


「死んじゃいましたよ、アリババさん」

「あっ…くそっ!」

「だーから!相手の動きちゃんと見ろよ!そうやって空振りなんかしてらんねぇぞ!」

「す、すいません…!」

「ったく、準備運動にもならねぇな。もっかい!」」


二人は距離を取り直し、再び打ち合いを始めるが、やはりアリババはニルヴァの素早さに押されてしまう。


「アリババさん、さっきのは左に払わないとこっちから刺されて終わりますよ!」

「あっ…そ、そうか…っ、ていうか、詳しいなぁ、お前」

「実践経験だけは少しばかりあるのでっ」

「うーし!俺も入るぞ!アリババ油断すんなよー!」

「えっ…ちょっ」


シャルルカンも剣を抜き、二人に加わって打ち合いを始める。
最近は難易度を上げて、アリババにニルヴァとシャルルカンの二人で相手するようにしているのだ。
シャルルカンは時々ニルヴァにも剣を向けてみるが、大抵容易く受け流されてしまう。


「くっ…」

「ホラホラやり返せよ!流してばっかじゃ駄目だぜ〜」

「シャルルカンさん、ちょっと意地悪し過ぎですよ。隙を作ってあげてください」

「そう言ってるニルヴァが隙だらけだぜ?」


シャルルカンは右にいたニルヴァに剣を振った。
ニルヴァはすかさずそれを躱すが、束ねた彼女の長い髪は間に合わなかった。
薄く刃が髪の毛を掠り、切られたそれがパラッと落ちた。


「っ!!やだ!」


ニルヴァはバッと剣を投げ捨てて、束ねた髪の毛を掴み毛先を確認する。
数本だが不揃いになってしまったようで、ニルヴァは「あぁ…」と泣きそうな声を漏らした。




 
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