bookshelf

□clap
20ページ/20ページ






まるでバケツをひっくり返したような雨とはこのことだろうか。
私たち、八田くんと伏見くんと鎌本くんと十束さんとアンナちゃんの6人は、有名な避暑地にある伏見くんの別荘に来ていた。
運悪く初日から大雨に降られてしまい、屋内で各々過ごしている。
阿耶ちゃんから聞いたと、この別荘の話をHOMRAで伏見くんにしたときの嫌そうな顔を思い出した。
地雷だったかな、なんて一瞬焦ったものの、八田くんに楽しそうに遊びの提案をされているときの伏見くんの顔は満更でもなさそうだったし、まあいいか。

アンナちゃんからの不思議そうな視線を感じて、何でもないよ、と笑顔で返す。
口元に貼り付けているパックが歪んで少し剥がれてしまったので、手で押さえて貼り直す。
アンナちゃんも答えるように口元だけでにこりと笑ってくれたため、彼女のパックも指先で軽く直した。


お風呂から出たあと、私がマスクパックをしているのを興味深そうに見てきたアンナちゃんに、してみる?と聞けば、してみる、と即座に返答がきたときには少し驚きもしたけれど、周防さんへのアンナちゃんの視線を見ていれば分かる。
恋する女の子っていいよなーなんて他人事みたいに思ってしまった。



不意に、ドオオオオン、と大きな雷鳴が轟いたかと思ったら同時に、フツリ、と室内の電気が消えた。

「どうしよう、停電かな」

私は徐ろにマスクパックを剥がしてゴミ箱に投げ入れ、端末の光を頼りに廊下へと出た。

「おう、大丈夫か」

部屋から出てすぐに鎌本くんに遭遇して言葉を交わす。

「うん、こっちは大丈夫。停電?」

「いや、ブレーカーが落ちたみたいだ。すぐ上げてくる」

「うん、お願い」

そうして鎌本くんを見送ろうとしたとき、鎌本くんが来た方から、ぎああああああああああ!!!!!ととんでもない叫び声が響いた。
驚いて発生源を視界に留めると、八田くんが真っ青な顔でこちらを指差してわなわなと震えていた。

「お、おお、おま、うし、ううう、うしろ」

後ろ?と、くるりと振り向くと、マスクパックを貼り付けたままのアンナちゃんが佇んでいる。

「ぷっ、」

あはははは、と思わず大笑いしてしまう。
な、なんだよ、と様子がおかしいことに気付いた八田くんは恐る恐る近付いてきて、状況を理解したらしく安堵の溜息を漏らした。

「なんだよ、アンナか。吃驚させんなよなー。まあ、アンナも幽霊も大差ねーけど」

「こら、八田くん失礼でしょ」

突然、キーン、と甲高い音が辺り一帯に響き渡る。
急に肌に触れる空気がひんやりと冷たくなったような気がした。
怖くなって、思わず萎縮して、気を紛らわせるように、な、なに、と声を出した。
隣にいる八田くんが唾を飲む音が聞こえた。
ドクン、ドクンと心臓の大きな音が頭に響いて、冷や汗が伝いそうになったとき。

「じゃーん!驚いた?」

グラスを手に持った十束さんが楽しそうにはにかみながら姿を現す。
私と八田くんは一気に脱力して床にへたり込んだ。

「…もー、十束さん、勘弁してくださいよー」

いつもの威勢はどこへやら、といった調子で八田くんはへなへなした声を上げていた。

「そういえば伏見くんは?」

「アイツは部屋ん中で端末いじってる」

八田くんにそう言われてみれば、たしかに伏見くんはそういうイメージだ。
そしてきっと、八田くんの叫び声を聞いて一人で部屋でほくそ笑んでいることだろう。

ふいに先ほどの、甲高いガラス音が響いて反射的にビクリ、と体が引き付けてしまう。
音が聞こえてきた方を向けば、十束さんがアンナちゃんに先ほどのグラスを渡していた。
味をしめたのか、アンナちゃんが楽しそうに何度もグラスを鳴らす。

「…ちょっと、十束さん、今回はみんなの保護者なのに、率先してアンナちゃんに悪い遊び教えてどうするんですか」

私のお小言に、えー、と十束さんが不満げな声を上げた。

「アンナ、八田に苛められたらこれを使うんだよ?」

いつもののんびりとした声で十束さんがアンナちゃんに入れ知恵をする。
うん、わかった、と頷いたアンナちゃんに、八田くんが、いやいやいやマジ洒落になんねえっすよ!つかそもそも俺アンナ虐めねえし!なんてツッコミを入れていた。

パッ、と電気がついて眩しさに顔を顰める。
鎌本くんがブレーカーを上げてくれたみたいだ。
暗がりで周りがよく見えず煩わしいと思っていたその状況が失われるのが、今ではなんだか勿体無いような気がしてしまって。

「せっかくだし、みんなで怪談しません?百物語!」

「いいねー!やろうやろう!鎌本が戻ってきたら伏見と八田の部屋に行こうか」

「は!?ちょ、なんで俺たちの部屋なんすか!?」

「えー、だって伏見は呼んでも来てくれなさそうだし、行った方が手っ取り早いかなーって」

「いやでも、そんなのしてもし、その、色々集まってきたりとかしたらどうするんすか、なんかそういうのに引き寄せられるっていうじゃないっすか」

「へーき、へーき、なんとかなる」

「なりませんって!」

思わず提案してしまった怪談に迷わず十束さんが乗ってくれて、八田くんもなんだかんだ参加してくれるだろうし、アンナちゃんも楽しそうにグラスを鳴らしている。
やっぱり私は吠舞羅が、こういう日常が好きなんだなあ、と実感して。
こういう何気ない日々がいつまでも続くものだと妄信していたのだった。




 
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ