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□clap
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「…ハッ。どうせ美咲は中学のときもハブられてて枕投げの仲間に入れてもらえなかったもんなあ?」

「ああ?うるせえよ、大体お前だって友達いなかったじゃねえか、猿。あと、人のいるとこで美咲って呼ぶんじゃねえ」

とある温泉旅館にて。それぞれ浴衣姿と隊服姿の二人は、枕を抱えて対峙していた。

「みぃさぁきぃー」

「…ッンの、上等だ!猿!」

伏見の煽りにまんまと乗せられて臨戦態勢に入った八田を見て、伏見はたっぷりと愉悦を称えるように口端を持ち上げて笑う。

「…ハハッ、こいよ、美咲ぃ」

八田が抱えていた枕を勢いよく伏見に向かって正面から投げつける。
伏見はそれを身体を捻って軽やかに躱し、同時に八田の足下に枕を投げつけた。

「ハッ、余裕!」

飛び跳ねるようにバク転をして楽しそうに避けた八田を見て、伏見が眼鏡の奥でいやらしく、ニタリ、と笑う。

「空中じゃ避けられねえだろ」

そう言いながら未だ畳に足のついていない八田に追撃を送った。

「しまった!」

八田が思わず腕でガードしようとしたとき、ひゅっと素早く影が割り込んできた。

「助太刀いたす!」

そう叫んで割り込んできた彼女にぎょっとした八田は、思わず庇うように彼女の肩をぐいっと押しのけた。
ぼすっ、といい音をさせながら顔面で受け止めた枕のせいで、八田は後ろに格好悪くごろごろと転がる。
八田との一騎打ちに漕ぎ着けたところを邪魔されて、伏見は苛立ちを隠そうともせず、チッ、と舌打ちをした。

「八田さん、大丈夫ですか!?お怪我は!?」

「…ッてー。お前、急に飛び出してきたら危ねえだろが」

「自分のことよりも先に部下の身を案じるなんて…!さすが八田さん!カッケーッス!マジ漢ッス!一生ついていきます!」

「…いや、別に…。当たり前のことだろ…」

満更でもなさそうに人差し指で鼻の下を掻いた八田は、照れたように視線を下方に向けて彷徨わせる。

なんだこの茶番。

伏見は興醒めしたように溜息を吐く。
関わるのも面倒になりその場を立ち去ろうとしたとき、ぐるり、と大げさに首を回してこちらを睨んできた彼女と目が合った。

「くっ…!さすが暗器使い!不意打ちとは卑怯な!」

「いや真正面から投げたし」

伏見のツッコミを聞いているのかいないのか、彼女は悔しそうに、ぐぬぬ、と唸った。

「八田さんの仇は私が討ちます!」

そう言いながら彼女は、近くに落ちていた枕を引っ掴んで立ち上がった。

いや、勝手に殺すなよ。

伏見が内心でそうツッコむ。

「おい、危ねえだろ」

八田が彼女を引き止めるように手首を掴むと、彼女にとっては少しばかり重たい枕を掴んでいたせいか、バランスを崩して後ろに倒れそうになる。
びっくりして思わず、ひゃ、と声が出て、尻餅をついたときに来るだろう痛みに備えて、ぎゅ、と目を瞑る。
背中に優しい暖かさを感じて、あれ、と思って目を開くと、八田さんの膝の上に座り込んでしまっていることに気付く。
慌てて飛び退いて、顔を真っ赤にして、どうしようどうしようとひたすら念仏のようにぐるぐると頭の中を巡っている思考に占拠されたまま、取り乱した思考回路で言葉を連ねる。

「すみません八田さん!私みたいな一下っ端が、八田さんの、お膝をお借りしてしまうなんて、ほんと、すみません!恐れ多いです!」

「いや、その、俺こそ、勝手に触っちまって、えっと、あー、ワリィ、」

彼女を受け止めたときの態勢で固まったまま顔を真っ赤にしてしどろもどろになっている八田を見た伏見は、不愉快がとうに限界を超えてしまったようにひくひくと顔の筋肉を痙攣させた。
美咲みたいな童貞くさいヤローにはそいつみたいな処女くさい女がお似合いだな!そう言おうとして伏見は寸でのところで言葉を飲み込んだ。
駄目だ。そんなことを言ってもこいつらは「お似合い」という言葉に反応して照れたりなんかしてこの糞みたいな茶番が引き伸ばされるだけだ。これ以上こんな茶番に付き合わされるのはごめんだ。心の底から湧いてきたその気持ちに素直に従って、伏見は苦虫を噛み潰したような顔をしてその場を後にしたのだった。
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