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もうとうに指先の感覚はなくなっていた。
顔も冷え切ってしまっているヒロインは、ずる、と鼻を鳴らした。

どれくらい歩いたのか、時間も距離も、分からない。どうでもいい。

指先からどんどん足の感覚もなくなってきている。
雪で足を滑らせてしまい、バランスを取ろうとしたが上手く足が動いてくれなくてそのまま無様に尻餅をつく。
冷え切った体には堪えた。

その痛みを皮切りにぽろぽろと涙が溢れてくる。
顔はとうに冷え切っているのに、涙は暖かかった。

私は、あの人には必要なかった。
ただそれだけのことなのに。

なんでこんなに苦しいんだろう。

なんで私泣いてるんだろう。
格好悪い。

雪の降り積もる中、座り込んだままぐすぐすと鼻を鳴らした。



あー…、誰にも会いたくなかったんだけどな



さくさくと雪を踏みつけながら八田がゆっくりと近付いてくる。
その表情には戸惑いが浮かんでいた。

放っておいてくれればいいのに

ヒロインの目の前まで来た八田は、しばらく突っ立っていたかと思うと徐にしゃがみ込む。
乱暴に、そのくせ戸惑うような手つきで彼女の目元を親指で拭う。

相変わらず眉根は寄せられ、眉尻はほんの少し下がっていて困っている様が伺える。
涙を拭ったとき私の頬に手が触れた八田くんは、つめてっ、と小さく悲鳴を上げた。
その直後にふんわりと暖かくなったかと思うと私の周りの雪がみるみるうちに溶けていった。

「風邪ひくぞ」

「うん…、そうだね」

八田の眉間が動いて皺が寄せられる。

不愉快に思われたかもしれないが、今の私には人に気を使っているような余裕なんてなかった。
なんで一人にしておいてくれないのか、怒りすら湧いてくる有様だった。
それでも、そんな私にも気を使ってくれる八田くんは何故か邪険にするのは躊躇われた。
詳しいことは聞かずに、そっと気遣ってくれる。
その優しさに私は甘えてしまうのだ。

「みんな、心配してるぞ」

「そっか…」

吠舞羅のみんなが心配しているのは、嘘ではない。
でも本当はそのためにヒロインを探しに来たわけではない。
自分が、一番心配していたから。
雪が降る中、きっと彼女は今泣いていると、そう思ったから。
必死で鎮目町を走り回った。
やっと見つけた彼女はやっぱり泣いていて。
彼女を泣かせた男に沸々と怒りが湧いた。
俺だったら、絶対こんなこと…、

「みんなには、八田くんも含まれてるの?」

「あ、当たり前だろ!」

ヒロインの言葉にほんの少し動揺の色を滲ませた八田は、吃り気味の声で吠えた。

「そっか…、ありがと、」

「…、おう」

ヒロインがお礼をいって微笑むと、顔を赤くした八田は彼女からふい、と顔を逸らす。
ヒロインはその様子が面白かったのか、しばらく嬉しそうに笑っていた。
八田は何度か、笑うな、と牽制してはみたものの、その反応すら面白いというように彼女は笑い続けた。
恥ずかしい。
それに、なんだか悔しい。
自分ばっかり彼女に振り回されて。


「俺にしとけよ…」

気付いたらそう口から溢れ出ていた。
そっぽを向いたまま、頬は赤らめたまま。
自分でも、格好悪い告白の仕方だな、と思う。

「こんな風に優しくされたら惚れちゃうかも」

ヒロインはまた相変わらず、へらへらと笑っている。
きっと、冗談だと思われているのだろう。

「帰るぞ」

強引に彼女の腕を引いて立たせた。

きっといつか、彼女に本気だと分かってもらえるように。
何度でも君にこの想いを伝えていこう。














あとがき(memo1/5)
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