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□short
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「やっぱり人多いねえ」

「ああ」

そう言いながらヒロインは八田の服の裾を掴んだ。





八田とヒロインの二人は、十束や草薙の勧めで初詣に来ていた。
いわゆるデートというやつだ。
なかなか進展しない二人の関係性に焦れた十束たちが強引に決めてしまったのである。
親切心、というよりは面白半分といった方がいいだろう。
この提案をしたときの十束の顔はとても生き生きとしていた。





あまりにも人混みが激しくて八田は後ろをチラチラと何度も確認しているが、それでもはぐれてしまいそうだ。
ヒロインが八田の服の裾を掴んでいるからなんとかなっているものの、それも頼りない。
周りにはしっかりと腕を絡ませ、手を握っているカップルがちらほら見受けられた。
せめて手を繋ぎでもしないと、はぐれてしまうだろうことは簡単に予想できた。
しかし、だ。
そんなに簡単に八田が女性の手を握れるわけがない。
八田は何度も、服の裾を握っているヒロインの手を見ては、顔を赤らめていた。
つい、と可愛らしく服の裾を握られているだけでもこんなに恥ずかしいのだ。
手を繋いだ日には顔から火が出るかもしれない。
そう思いつつも、八田はヒロインと手を繋ぐことができるかもしれない、と期待しては緊張して唾を飲むのだった。



人混みに流されてしまわないように注意して進んでいく。
寒いね、などと他愛もない会話をしているうちに賽銭箱にたどり着いた。

「はい、」

五円を取り出した八田の手の上にヒロインが十円玉を乗せる。
彼女の行動の意図が分からなくて怪訝そうな顔をしている八田に、

「十分御縁がありますように、ってね」

と彼女は笑顔で教える。

そのまま八田は黙って彼女に自分の財布から取り出した十五円をずい、と押し付けた。
きっと、たとえ十円でも女に奢ってもらうなんて男が廃るとかそう思っているに違いない。



お賽銭も済ませ、お守りでも買って帰ろうかと踵を返したときだった。
ちょうどUターンするお賽銭箱付近は人の移動方向がめちゃくちゃだったせいもあって、するりと掴んでいた裾が手から外れてしまった。
しかし、人が多いせいで流れはそんなに早くない。
すぐに追いつけるだろうと思ってヒロインは声を掛けることなく八田を追いかけた。
この判断が良くなかった。
きっとここですぐに八田を呼んでいたらはぐれてしまうことはなかっただろう。
流れがさほど早くないものの、圧倒的質量をもって人混みはヒロインと八田を引き離していく。
いつの間にか八田の背中は人混みに飲まれてしまっていた。

困った。
きっとこの人混みと時間だと端末は当てにならない。
なんとかして自力で見つけ出すしかない。
必死になって探すものの、人混みに阻まれて上手く進めない。
どうしたものかと諦め半分で人混みに流されていると、偶然にも見知った人物を見つけた。
目が合ったようで、相手もこちらへ近付いてくる。

「伏見くんも初詣?」

「ああ、ヒロインもか。一人か?」

「さっきまで八田くんといっしょだったんだけど、」

「とりあえず探すか」

そう言いながら伏見は自然な動作で手を繋ぐ。
手のひらから伝わってくる体温にさっきまでの焦りが静まっていく。
八田のことを思い出して、さっきみたいにはぐれないようにと、ぎゅ、と握り返した。

「伏見くん、服装の割に暖かいね」

「あー…、クランズマンだし」

「あ、そっか」

吠舞羅のクランズマンは炎を扱うことができる。
彼にとっては体を温めることなど造作もないことなのだ。

きょろきょろと必死で首を回して八田を探す。
しばらく歩きながら(たまに伏見に引っ張られながら)探していると、青服が目に付いた。
その近くには八田の姿があった。

「八田くん!」

今度は躊躇わずに大声で八田を呼ぶ。
八田と近くにいた青服、淡島はこちらに気付いたようで、人混みの中を歩いてくる。(八田は全速力で走ってきた。)

「ヒロイン、大丈夫だったか!?急にいなくなんじゃねえよ!」

心配そうな顔でそう説教されれば、申し訳なさよりも嬉しさが勝ってしまうものだ。
ったく、俺の身にもなってくれよ、なんてグチグチ言っていた八田くんが視線をある一点に留めて顔を顰めた。
その視線の先を見てみると私と伏見くんが繋いでいる手。
しまった。
後ろめたいことがあるわけでもないのに、バッと勢いよく手を離す。
なんとなく、居た堪れない沈黙が流れた。

「副室長、室長は?」

「室長なら、」

「ここですよ」

ぬっ、と宗像礼司が姿を現す。
正直、心臓に悪い。

「伏見くんも見つかったことですし、帰りましょうか」

そう言いながら宗像は、淡島のせいであんこまみれになったお節料理をどう処分するか考えて、げんなりするのだった。





っくそ!
なんで猿と手なんか繋いでんだよ
猿に一方的に握られてるならともかく、いやそれも気に入らねえけど、なんでヒロインまで握り返してんだよ
っくそ!っっくそ!あームカツク!

八田はぐるぐると腹の底でどす黒い感情が渦巻くのを感じた。
伏見とヒロインが手を繋いでいたのがどうしようもなく気に入らない。
自分とは手を繋がなくて結局はぐれてしまったせいもあるのだろう。
自分の失態にも腹が立つと同時に、伏見のことを恨めしくも思った。
自分はあんなにも苦悩したというのに、伏見はあっさりと彼女と手を握ってしまったのだ。
悔しい。
八田は人知れず歯噛みした。




八田くん、なんで淡島さんといっしょにいたんだろう
相変わらずボンキュボンだったな
八田くん絶対いやらしい目で見てたし
女の私が見てもうっとりとするぐらいのプロポーションなんだもん
淡島さんずるいよ
淡島さん相手に勝てるわけないじゃん





「…八田くん、さっきなんで淡島さんといっしょにいたの?」

帰り道の途中、沈黙を破るようにヒロインが八田に問う。

「あ?そりゃ、偶然会ったからだろ」

「ふーん…」

「んだよ、」

何か疑うように意味深に鼻を鳴らしたヒロインに、八田がほんの少し顔を顰める。
話を促すもなかなか話そうとしないヒロインに、視線で訴える。

「…だって、さっき淡島さんにデレデレしてた」

極々小さい声で呟くように吐き出された言葉に意表を突かれた八田は、はあ!?と素っ頓狂な声を出す。

「し、してねえよ!大体、お前だってさっき猿と手繋いでたじゃねえか!」

「だって、伏見くんがはぐれたら困るからって、」

「んだよ、俺のときには繋がなかったくせに、」

ぼそりと呟かれた言葉に、ヒロインは惚けてしまう。

だって、これじゃ、まるで、

「…八田くん、嫉妬してるの?」

ヒロインの言葉を聞いて、図星だったらしい八田は顔を真っ赤に染め上げながら、別に、とか、んだよ、とか悪態を吐いている。
それを見て嬉しくなって、さっきまでの淡島への劣等感は忘れて、ヒロインはえへへ、とだらしなく笑った。
笑うんじゃねえよ!なんてキャンキャン吠えるのもなんだか可愛らしく見えてくる。

ふいに、ん、と言いながら八田がヒロインに手を差し出す。
なんだろう、と思って差し出された手と八田の顔を交互に見ていると、

「今度は、はぐれんなよ」

そう言って戸惑いがちに手を握ってくるのだった。
伏見とは違って心まで暖かくなるのは、きっと八田が特別な存在だからだろう。
ぎゅ、と握り返してちらりと八田の様子を伺うと、ほんの少し動揺したみたいに眉を動かして、嬉しそうに口元を緩めていた。













あとがき(memo12/30)
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