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どうしよう、結局決まらなかった…

12月24日、BAR.HOMRA前にて彼女は佇んでいた。
彼女はどこか思いつめたような表情をしていて、焦りを含んでいるようにも見えた。
大きく息を吸い込んでひとつ溜息を吐くと、扉を押してそのままバーの中へと姿を消していった。








草薙さんや吠舞羅の面々に軽く挨拶をしながら、バーに入る。
そこには八田くんも当然いて、なんとなく後ろめたい気分になる。
八田くんに何か悪いことをしたわけではないんだけど。
少し離れたところで、いつもみたいに伏見くんが八田くんの方を観察しているのを見つけた。

そうだ、伏見くんなら

思いつくと同時に既にヒロインは声を発していた。

「伏見くん、ちょっと付き合って欲しいんだけど」









「あちゃー、あれは完全にデートやなあ」

草薙はどこか楽しそうにとんでもないことを言い放った。

草薙と八田はクリスマスパーティーの買い出しに来ていた。
力があって荷物持ちとして最適な鎌本ももちろんいっしょである。
その帰り道に通りかかった飲食店のガラス越しに、八田がヒロインを見つけてしまった。
急に視線を一点に注いで動かなくなった八田の視線を辿って草薙が発言した次第である。

ヒロインが何かしら伏見と話している。
ここからでは何を話しているのか聞くことはできない。
伏見に向かって楽しそうに笑うヒロインの顔を見て、八田は胸が燻るような感覚を覚えた。

荷物の紙袋から覗いているあのクリスマスらしくラッピングされたものは、伏見からのプレゼントだろうか。

「まあ、今は二人っきりにしといてあげようや」

よく分からない胸のもやもやに八田は、くそ、と小さく悪態をついたあと、草薙の言葉に従ってその場をあとにするのだった。







「八田くん、これ、クリスマスプレゼントなんだけど、」

バーで草薙さん手作りのケーキを食べているときだった。
ヒロインがおずおずと八田にクリスマスらしく包装された包みを差し出した。

「いいのか?」

「あ、うん!気に入ってもらえるか分かんないけど、」

伏見という彼氏がいるのに、他の男にクリスマスプレゼントなんてしていいのか、と受け取るのに少し戸惑う。
伏見の彼女、その言葉にまた胸が僅かに燻るのを感じた。
少し顔を顰めてしまったかもしれない。

「猿比古は、いいのか…?」

言ってしまってから、しまった、と思う。
こんなこと聞くつもりじゃなかったのに。

「伏見くん?なんで?」

「いや、だって、その、…」

お前って猿比古の彼女なんだろ?

その言葉を口に出すことができなかった。
聞いてしまったら、もし肯定されたら、
そう思うと怖くて言葉にすることができない。

なんで、怖いんだ?

ぎゅ、と包みを握りしめていると、受け取った包みが、ヒロインが飲食店で伏見といたときに持っていたものと同じものだということに気付いた。

アイツとクリスマスプレゼント買いに行ってたんだな。

八田は、なんだか伏見に負けたような気がして悔しさに歯噛みする。
伏見とは何時間もいっしょにデートをして、自分はそのおこぼれのクリスマスプレゼントを貰うのだ。
悔しい。
伏見が憎らしくも思えてくる。

彼女の中での自分の存在を少しでも大きくしたくて、意識して欲しくて。
出来心で、彼女の口の横についていたクリームを親指で拭ってぱくり、と自分の口に運んだ。

やってしまってから気付く。

何やってんだ、俺

一気に顔に熱が集まってくる。
八田の顔はあっという間に真っ赤に染まった。
どうにも居た堪れなくて、しばらく視線を彷徨わせ、彼女をちらりと盗み見る。
ヒロインは目を見開いて身動きひとつしていなかった。
硬直、と表現するのがぴったりだろう。

「え、っと、あー…悪かったな」

許可もなくこんなことをして、ヒロインに嫌な思いをさせてしまっただろうか。
どうしていいか分からなくて、とりあえず彼女に謝る。
自分でもどうしてこんなことをしてしまったのか分からなくて、困惑しているのだ。

はっ、と我に返ったヒロインは一気に顔を赤くする。

「え、いや、私の方こそ、その、ありがとう、」

勢いよく紡がれた言葉はどんどん尻すぼみになっていった。



これは、期待していいのか?

今まで見て見ぬ振りをしていた感情が、どんどん膨らんでいく。

っくそ、なんでそんな可愛らしい反応するんだ。
ズリィだろ。








完全に日は暮れて、街頭が眩い光を放っていた。
もう夜も遅いから、と八田は口実をつけてヒロインを送っていた。

先程のこともあって、お互いに意識しすぎて気まずい沈黙が流れていた。
どうにか打開しようと、口を開く。

「「あの」よ」

二人が同時に何か話題を切り出そうとしたせいで、声がハモる。
お互いに譲ろうとして、先にどうぞ、いや俺はあとでいいから、などと押し問答している。
どうにもこうにも話が進まなくて、再び沈黙が流れ始める。
結局、痺れを切らしたらしい八田が先に口を開いた。

「…お前、猿比古と付き合ってんのか」

少しばかり乱暴な口調でぶっきらぼうに尋ねる。

「まさか、」

八田の意図が分からない、とでもいうようにヒロインは言葉を溢す。
だが、それもたいして気にしていないとでもいうように言葉を続けた。

「あ、でも今日は八田くんのプレゼント選ぶのに買い物に付き合ってもらってね。参考に、と思ったんだけど伏見くんが全然アドバイスしてくれなくて、時間かかっちゃったんだよね」

へらり、と彼女が笑う。

この口ぶりだと、伏見のことは意識していないんじゃないだろうか。
伏見に対する劣等感が少しばかり薄れると同時に、八田に淡い希望が湧く。

言うなら、今しかない。

「その、俺、好きでもねぇ女にあんなことしたりしねえから」

言ったあと余りの恥ずかしさに、じゃ、と言い捨ててスケボーに乗って走り去る。

言ってしまった。言ってしまった。言ってしまった。

どきどきと心臓が忙しなく早鐘を打つ。

「ちょ、ちょっと待って!」

振り返ることなくスケボーをとばしていたが、しばらく走ってもついてくるので仕方なく止まって後ろを振り返る。

「っ、あー!っくそ!ついてきたら送った意味ねえじゃねえか!」

必死で走ったのだろう、ヒロインは随分と息を切らしていて、しばらく息を整えていた。

「言い逃げなんてずるいよ…私も、好きでもない人だったらクリスマスプレゼントにこんなに悩んだりしないよ」

八田に近付きながら、えへへ、と嬉しそうに笑みを溢す。
徐にぐい、と引っ張られる感覚がして、ヒロインの視界は八田の服でいっぱいになった。
吐く息が首筋に当たってくすぐったい。
八田くんの体温が伝わってきて、ほんのりと暖かい。
抱き締めていた力が緩められて、八田とヒロインの間にほんの少し距離が空いて、二人の視線が交わる。
相変わらず八田の顔は真っ赤だ。

「…二言は、ねえよな?」

真剣な表情でそう聞かれたヒロインは、もちろん、と嬉しそうにはにかみながら返す。
八田の視線がほんの少し下がった。
そのまま少し顔を傾けながら近付いてくる。
首筋にほんの少し言葉にし難い痛みが走った。
八田くんの表情を伺おうとしたが、そのまま抱きしめられてしまったのでそれは叶わない。





他の男にはぜってー渡さねえから




耳まで真っ赤にしながら耳元で呟かれたその言葉に、彼が嫉妬していたんだ、と今更になって気付かされた。
















あとがき(memo12/23)
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