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※話の途中で十束さんが原作通り殺害されます。










ブーツのヒールからコツコツと音を立てて歩いていたヒロインは、とあるバーの前で足を止めた。
小洒落た雰囲気の、HOMRAという看板のかかったバーだ。
もうすぐ正午になるし、ここでお昼ご飯でも食べて食後に珈琲でも飲みながらゆっくり読書でもしようと、彼女はバーのドアを押した。
ドアを開けると、バーカウンターの向こうでグラスを磨いている茶髪でサングラスをかけたイケメンの男性と目が合った。

「いらっしゃいませーお一人様ですか?」

少し方言が入ったようなイントネーションで話しかけられ、あ、はい、とだけ返事をした。
お好きな席にどうぞ、と言われ、端の席に陣取る。
まだ時間が早いからか、客は私しかいないようだった。

「メニューはこちらになります」


このバーはとても居心地が良かった。
客が私しかいなくて静かだったせいもあるだろうが、店のあちこちに店主の店への愛情が感じられる、というか。
掃除が行き届いてたり、こだわりが見えたり。
バーテンダーのお兄さんも所作が美しくて、とても落ち着いた雰囲気の店だ。
時間が空いたらまた来よう、そう思いながら本を読んでいるときだった。

「チィーッス!」

大きな声で挨拶をしながら黒いニット帽を被った少年が入ってきたのだ。
続いて、あからさまに柄の悪そうなパーカーに金髪グラサンの男性が入ってきた。

あああなんてことだ。
あんな柄の悪そうな人がお店に来るなんて。
イケメンのお兄さんもきっと困っているに違いない。

そう思いながら柄の悪そうな彼らを見ていたのだが。
黒いニット帽を被った彼が私を見て

「あれ、お客さんすか?」

なんて言った直後、背後から地を這うような恐ろしい声が聞こえてきた。

「おーまーえーらー、このバーはな!女の子でも気軽に来れる小洒落たバーにするんが俺の夢なんや!それをなんや!お前らのせいでお客さんビビっとるやないか!」

早口でまくし立てるように怒鳴るお兄さんに、縮み上がる柄の悪そうな人たち。
あまりに萎縮してしまっていて可哀相だったので思わず声を出す。

「あの、私は構いませんから」









あれから私は時間があればHOMRAに通った。
彼らはとても賑やかで素行が良いとは言い難かったが、とても楽しかった。
そんな中私は本を読んだり、彼らを眺めたりして過ごすのだ。
とても充実した時間だった。

いつもみたいに八田くんを目で追っていると隣に腰掛けている十束さんに話しかけられる。

「ヒロインちゃんって、いっつも八田のこと見てるよね」

「八田くん、元気で可愛らしいというか、見てるだけでこっちまで元気をもらえるんですよねー」

私の言葉に笑みを零しながら、

「そうだね、八田は元気と喧嘩くらいしか取り柄がないからねー」

なんて言う十束さんの言葉に私も釣られて笑ってしまうのだった。
二人分の視線と笑い声を感じて、八田くんはジト目で十束さんに、なんすか、と呟く。
それに対して、なんでもー、と軽く返してしまう十束さんにまた笑ってしまう。
ヒロインさんまでなんなんスか!と喚く八田くんに、ごめんごめん、と返しながらもこれはしばらく笑いが止まらなそうだ。


これが私にとっての日常。
十束さんと談笑して、八田くんを目で追って、草薙さんの美味しい料理と飲み物をいただいて。
そんな日々がずっと続くと思っていた。






「十束が、な、殺されたんや」

暗い顔で出雲さんにそう言われたときには、何もリアクションをとることができなかった。
一瞬、言葉の意味も理解できなかった。
いや、意味は理解できていたんだろう。
それが、現実に起こったのだと認められなかったのだ。
あまりにも、急すぎて。
しばらくして、え?とだけ言葉を搾り出すことができた私に、草薙さんは、犯人も動機も詳しいことはなんも分かっとらん、そう教えてくれた。

「これから、犯人突き止めるのに躍起になると思うわ、あいつら」


草薙さんが言った通り、その日から吠舞羅の人たちのバーへの滞在時間は極端に減った。
端末に向かって指示を出す草薙さんの言葉から推測するに、みんな必死で犯人を探しているんだろう。
それが特に顕著だったのは八田くんだった。
ほとんど休まずに街をまわって、食事もろくにとっていないらしい。
いつか過労で倒れてしまうんじゃないか、心配で堪らなかった。
過労で倒れてしまうだけならまだいい。
それが、もし暴力団との小競り合いの途中に疲れが出てしまったら?
彼らは日常的に命の危機に曝されているのだ。
ほんの少しの気の緩みが、疲労が命取りにもなりかねない。
十束さんに続いて八田くんまでいなくなってしまうなんて、私にはとても耐えられないことだった。











「で、なんか分かったん?」

「いや、なんか、十束さんには関係ない、この間潰した暴力団の残党だったみたいっす」

そか、出雲さんはそう小さく呟いて、八田くんは、それじゃ、失礼しますなんて言ってバーをあとにしようとしている。

「待って、」

思わず八田くんを呼び止めてしまった。

「なんすか」

「今日、何か食べた?」

「いや…まだ、」

時刻はもうすぐ正午になろうとしている。

「じゃあ、お昼ご飯いっしょに食べよ」

「え、いや、でも、」

そんな二人のやり取りを見かねた草薙が声をかける。

「特製オムライス作ったるわ。八田ちゃんも食べてき」




「おいしい…草薙さん、美味しいです」

「おおきに、ヒロインちゃんに喜んでもらえて良かったわ」

そう言って笑った彼女の横顔を八田が盗み見ているのを草薙は知っている。
この二人はいつもそうだ。
お互いにお互いを盗み見ている。
そうして八田はいつも彼女の笑顔にほだされていること。
彼女はいつも八田を見て顔を綻ばせていること。
二人はいつになったら気づくのだろうか。
この微笑ましい二人を見て、草薙は微笑みを漏らすのだった。














彼の目にはきっと私なんて映っていない。
今は十束さんのことで頭がいっぱいのはずだ。
彼は、とても仲間思いだから。
食事の時間を惜しんでまで犯人を追い求めて駆けずり回っているのだ。
そんな彼に、こんなこともうやめてほしい、こんなことしても十束さんは喜ばないんじゃないかなんて思っている私は薄情者なのだろうか。
十束さんのいない今、彼の目に私が映ることは二度とないんだろうか。





吠舞羅で一番ヒロインと仲の良かった十束さんが殺された。
あいつのつらそうな顔なんて見たくなくて、あれからほとんど顔を合わせていない。
会話も、してない。
きっと今も十束さんのことを想って泣いているのかもしれない。
そう思うと胸が締め付けられた。
あいつはカタギの女だから、巻き込むわけにはいかねえ。
あいつの分まで、俺がやらなきゃ。
あいつのためにできることなんて、これくらいしかないけど。
少しでもヒロインに何かしてやりたいんだ。














あとがき(memo12/10)
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