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(ヒロインちゃんはダモクレスの剣の崩壊を止めることができる特殊設定。)
















「尊さんチィーッス!」

BAR.HOMRAに今しがた入ってきた男、周防尊に対して八田は元気よく挨拶をする。
周りの男たちもそれに続いた。
尊はそれを大して気に止めることもなくBAR.HOMRAの奥の部屋へと入っていく。
そのあとをいつものようにヒロインがついていく。
そう、これはいつからか習慣になっていた。
吠舞羅のメンバーも特に気に止めることなく、さっきまでの空気がすぐに店内を包み込む。

そんな中、八田美咲は一人胸を傷めるのだった。







尊とヒロインはいつものようにBAR.HOMRAの
二階にある尊の部屋へと入っていく。
尊がドアを開け、少し遅れて入ってきたヒロインがドアを閉める。
お互いに示し合わせるわけでもなくごく自然な動作で行われるそれは、二人の関係性を暗に揶揄していた。
尊は第三王権者、赤の王らしい堂々たるそして緩慢な動きでベッドに横になる。
いつものように入口の反対側、壁側に体を向ける。
ぎしり、と音を立ててヒロインが同じベッドに腰掛ける。
二人の間には会話らしい会話もなく、ただお互いが寄り添うようにその空間にいた。
その静かで安らかな空間はまるで尊が睡眠をとるためだけに存在しているようだった。
ゆっくり、ゆっくりと時間が流れる。
やがてしばらくしてヒロインが尊を起こすまでこの空間で尊は微睡むのだ。
だが、今日はいつもとは違った。

するり、とヒロインは尊の肩甲骨を撫でた。
そのまま骨に沿ってつい、と指を動かす。
そして付近の筋肉にぺたぺたと手を這わせた。
尊が少し首を動かし、睨むように視線を投げかけ牽制する。

「あ、ごめん。筋肉質だなーと思って」

そう言ってヒロインは眉尻を下げながら微笑んだ。
ヒロインが尊を起こしたことには変わりないのだが、いつもなら階下の雰囲気を察知して必要に応じて起こしているのだ。
今回は出来心でヒロインが尊の肩に触れたせいで起こしてしまった。

きっとヒロインには特別には意味のない行為なのだろう。
そう思うと、いつも尊はやるせない気持ちになるのだ。







結局、中途半端に睡眠をとってしまったため二度寝は諦めて二人は階下に降りることにした。
尊が帰ってきたときと同様に賑やかに騒いでいる。

ヒロインは八田から一つ席を空けた隣に座った。
これは、ヒロインが吠舞羅にいる間に身につけた、八田が逃げることのない最短の距離感である。
(ちなみにこれ以上近づくと、八田がもじもじし始めヒロインに背を向け逃げる口実を探し始める。)
ヒロインは出雲に飲み物を注文する。
まだ早い時間でもあるし未成年もいるためノンアルコールだ。
八田はヒロインが近くに座ったためにほんの少し身構えるように彼女の方を向いたが、またすぐに隣に腰掛けている鎌本と談笑を始める。
その様子をにこやかに見つめていた彼女は、飲み物が出てくるのを待つ間に八田にちょっかいをかける。

「八田くん、ヘッドフォンかしてー」

「へ、あ、いいっスけど」

えへへ、と間の抜けたような笑顔で八田に笑いかけながらヘッドフォンの使用の了承を得たヒロインは、ヘッドフォンを身につけるのを口実に八田の隣に移動する。
ぐっと近くなった距離に八田は赤面し唾を飲み込む。

「ね、おすすめの曲流して」

そう言ってヒロインは八田に追い討ちをかけるのである。










夜。
日が暮れてしばらく経った頃、ヒロインは出雲と二人、BAR.HOMRAにいた。
今日はなんだかお酒が飲みたい気分だったのだ。
未成年者が帰ってバーが静かになるのを待ってから飲み始めたために時刻が遅くなり、今はマスターの出雲とヒロインの二人きりになってしまっていた。
吠舞羅のみんなが騒ぐからお客があまり来ないとかで、私がこうやってたまにお酒を飲むのを出雲さんは歓迎してくれている。(なんでも、吠舞羅以外にはゲテモノを頼むお客さんがいるとかで、私が出雲さんおすすめメニューでお願いするのが嬉しいらしい。)

そんな中、ふいに出雲さんは諭すような口調で私に話し掛けてくる。

「ヒロインちゃん、あんま八田ちゃんのことからかわんといてやってや」

何故そんなことを出雲に説教されるのか、きょとんとした表情でヒロインは出雲を見つめる。

「八田ちゃん、純情やから。本気やで」

どきり。
心臓が音を立て、脈が早くなる。

「そ、そっか」

きっと顔は真っ赤になっていることだろう。
しどろもどろにヒロインは答えた。

「あんま変に期待させるんも可哀相やろ」

「…?なにが?」

どういうこと?なんで期待させるのが可哀相なの?

「なにが、て、そら振られるの分かってて期待させるような言動するんやもん、そら可哀相やわ」

「え?」

「え?」

「…私は、八田くんに告白されたら振るつもりはないんだけど…」

「は!?振るつもりが無いて、二股かいな!?」

「えっ、ふ、二股???」

待って待って、私は一体誰と付き合っているというんだ。

「せやかて、尊と…」

「尊…?」

「…いっつも寝てるんちゃうん?」

出雲さんの声が控えめになっていく。

尊と寝ている?
というか尊が安心して寝れるように私は傍に控えているだけなのだが…
ああ、確かに吠舞羅のみんなには私が異能であることを話していない。
あまり公にしていいようなことでもないし、必要もなかった。
尊とアンナにだけは話していたが、二人とも他言するような人物ではない。
この異能を知らなければ、男女が毎日のように仮眠室に行っていたらそう考えるのも当然なんだろう。

「違うよ、私は傍に控えてるだk…」

そこまで言ってはた、と気がついた。
出雲さんが誤解してるくらいだ、きっと八田くんも

「これ、八田くんもそう思ってるの!?」

「そら、誰かてそう思うやろ」

ああ、なんてことだろう。
さっきまでふわふわと上機嫌だった脳内は、一気に絶望の色へと塗り替えられた。

誤解を解かないと、そう思うのだが、誤解を解いたらきっと八田くんと思いが通じ合うことになる。
そうすると、今までどおり毎日何時間も尊の傍で睡眠を見守ることは難しくなってくる。
たとえそういう行為をしていなくても、彼女が彼氏以外の男と毎日何時間も同じ部屋にいるのはきっと八田くんでなくても耐え難いことだろう。
だが、そうすると尊は…?
このままずっと睡眠がとれなければ、きっとダモクレスの剣は崩壊する。
先代赤の王と同じ末路にさせるのだけは阻止したかった。
私は一体どうすればいいのだろう。


バーと仮眠室をつなぐ階段で、ひっそりと影が蠢いた。










「貴殿を一二○協定に基づいて拘束します。異議はありますか」

「ところが、ねぇんだよ。まぁ、世話になるぜ」






「ええか、あの天才みたいなやつをずっと閉じ込めておくんや。場合によって青の王がつきっきりにならんといかん。そうすれば、どないなる?俺たちが動きやすくなるやろ?あいつは俺たちを自由にするためにあえて捕まったんや」

「ほうら、言ったじゃねえか!とっととまたあの腐れ外道と黒犬探しに行くぞ!尊さんの期待に応えるんだ!じゃあ、草薙さん、また!」

「おう、頼んだでー八田ちゃーん」

「…うそつき」

「まあ、そういいなや。そういう面もあるにはあるんやから」
















一度意識してしまったら戻ることができない、そんな危うい関係性の上に私たちは成り立っていたのだ。










あとがき(memo12/2)
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