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今日は、楽しい楽しいデートになるはずだったのに。








私と八田くんは付き合ってはいない。
はっきり付き合おうっていった訳ではなく、自然に惹かれあいいっしょにいる時間が増えていった。
そんな関係だ。
だから、デートの約束をしたわけではなく、いっしょに遊びに出かける約束をしていたといった方が正しい。
しかし、お互いに好き合っているのは明らかで、吠舞羅のみんなからは、なんで付き合っていないのか、告白しないのか、と不思議がられている。
少なくとも私は現状に満足してしまっているから、今の関係性を壊すかもしれないのにわざわざ告白なんてするのはナンセンスなのである。





「猿てめぇヒロインに触んじゃねぇ!」

「じゃあ、力ずくで取り返してみろよ」

どうしてこんな日に限って伏見くんに出くわすのか。
そして何故彼は私を人質にしようとなんて思ったのか。
ちょうど腰のあたりで両腕を掴まれているため身動きがとれない。
私の後頭部が伏見くんの胸板に当たる。
髪の毛が当たって少しくすぐったかったのか、伏見くんはくすり、と笑った。
その吐き出された空気は近くにあった私の耳に優しくかかる。
恥ずかしい。
八田くんなんて恥ずかしがって手をつなぐのだってなかなかできないのに、伏見くんは後ろから抱きしめるようにして体を密着させてくるし、その上耳に息まで吹きかけてきたのだ!(これはおそらく事故だと思われるが。)
これで恥ずかしがらずにいられるだろうか。
顔色に出ていたのだろうか。
調子にのって伏見くんは後ろから私の顔の輪郭に沿って指先を這わせる。
その指先が顎あたりから口元にやってきて唇にたどり着こうとしたとき、

「猿てめぇ離れろっつってんだろうが!!!」

ついに八田くんが切れて伏見くんに飛びかかってきた。
そして伏見くんの人質状態の私はどうなるんですか。
なんて考えている暇もなく、
ドン、
と、強い力に押され投げ出された。
っと、あぶね、なんて言いながら八田くんに片腕で受け止められる。
そのまま私の顔のすぐ横で金属音が響いた。


俺ですらあんなにヒロインにベタベタしたことねぇのに…!
くそっあの猿…!!
気付いたら俺は猿目掛けて金属バットを振りかざしていた。
もちろんヒロインに当たらねえように。
すると俺の様子を見て満足げに笑った猿はあろうことかヒロインを俺の方に突き飛ばしてきやがった。
くっそ、どいつもこいつも女の扱いがなってねえ…!
なんとか片腕でヒロインを受け止めることができて、ほっと胸をなでおろす。
暇もなく猿の野郎が剣を振りかざしてきやがった。
反対の腕に持っていた金属バットで剣をはじく。
ヒロインを俺の後ろに隠すようにして後ろに下がらせる。

「危ねえから後ろに下がってろ」

ゆっくりと後ずさるように下がった彼女を確認してから、八田は伏見を睨めつける。

「てめぇ女に手上げてんじゃねぇよ」

「はっ、そういうところが童貞丸出しだっていってんだよ、みぃ〜さぁ〜きぃ〜〜〜〜〜〜」

ぎり、と歯を食いしばって耐える。
ちら、と猿がヒロインの方へ視線を向けたあと、

「…あぁ、やっぱりまだヤってないんだ?」

俺にまた視線を戻してたっぷりと嫌味を込めるように言う。

あぁ、もう耐えらんねえ

「猿てめぇ後悔させてやんぜ」



あぁ、もうこれは完全に手がつけられなくなってしまった。
私はデートという甘い幻想なんて木っ端微塵に砕かれ、そんなことよりこんな街中でこの二人が喧嘩したら一体どれくらいの被害が出るのかという心配で脳内が埋め尽くされていた。

こんな状態でタイミングよく現れてくださった彼女は私には救世主以外の何者でもなかった。


「あなたたち、こんなところで何をしているの?」

淡島さんは私服でヒールをカツカツと鳴らしながら二人の間に入る。
伏見くんがあからさまに舌打ちをして顔を歪めた。

「副室長こそ、」

「私はバーに向かうところよ」

そういえば彼女はBAR.HOMRAのお得意さんだった。

「あなたもどう?といってもノンアルコールになるだろうけど」

「…結構です」

そう言い残して伏見はくるりと踵を返して行ってしまった。

「おい、猿てめ、」

「八田くん、」

伏見くんを追いかけようとした八田くんの服の裾を掴んで宥める。
八田くんは舌打ちをして、くそっなどと呟いた。
この二人ってこういうとこ似てるんだよなあ。












「もう日が暮れてきちゃったね」

伏見くんと喧嘩未遂をしたあと、私と八田くんは緑の多い公園に来ていた。
少し疲れたから休みたかったのと、人の多いところでまた喧嘩にでもなったら困ると思ったからだ。

「あ、カラス」

鳴き声が聞こえた方を見るとカラスが数羽飛んでいるのを見つけた。
ヤタガラスという通り名を持つ彼の方を見て、微笑む。

「なぁ、お前…いや、なんでもねぇ」

俯いたまま何か言おうとして口を閉じる。
きっと、伏見くんとの喧嘩のことだろう。
あのあと結局ほとんど会話をしていないから、気まずく思ってるんだろうな。

ふいに、八田くんの手が私の手に重ねられた。
優しく、ゆっくりと、戸惑うように。
相変わらず俯いたままの彼の横顔は夕日が差しているせいか、少し赤らんで見えた。
嬉しくて、私も好きだよって伝えたくて、ほんの少し彼をからかってみたい気持ちもあって、私の手に重ねられた彼の手にもう片方の手を重ねて彼の手を包み込んだ。
驚いたのだろう、ほんの少し体を強ばらせながらも受け入れてくれる。

ああ、やっぱり私はこのままの関係に、現状に満足してしまうのだ。










「…あぁ、やっぱりまだヤってないんだ?」

猿の言葉が耳について離れない。
んだよ、ワリィかよ。
そりゃ、俺だってやりたくないわけじゃねぇし、むしろやりてぇし。
ヒロインに欲情しないわけじゃねぇし。
猿なんかにヒロイン触られてすげー頭に血が上ったし。
鎌本とか出雲さんとか、他の男と楽しそうに話してんの見んのだってなんか苛つくし。
ヒロインのこと好きだって自覚ぐらいある。
でも、突っ走ってもしなんかやらかしてヒロインに嫌われんのだけは勘弁。
ははっ、吠舞羅では切り込み隊長なんてやってるくせにな。
なんだかんだでヒロインとの付き合いも長いのに、やっぱりヒロインの気持ちは俺の気持ちと違うんじゃねえかなって思うと、ヤるどころか、告白だって怖くてできねえ。
本当は、告白して、キスして、やることやりてぇ。
でも、ヒロインの笑顔を見ると、こんな邪な気持ちで接していいのかといつも何もできずにいる。
いつか、できれば早く、ヒロインとやれる日が来ねえかな。









あとがき(memo11/29)
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