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「あ、八田くん!」

お、ヒロインじゃねえか、と彼女に今気付きましたというような素振りを見せながら振り返った。
本当はとっくに気付いていて、いつ話しかけるかタイミングを見計らっていたのに。

「お出掛け?」

「いや、バイト帰り」

自然と隣に並んで彼女の行く方へ歩き出す。
首を傾げながら訊ねてきた彼女の様子が可愛くて鼓動が跳ねたり。同年代の女性と並んで歩くことに周りの目が気になって、こんな夜遅くに女を一人で帰らせるわけにもいかねえからな、などと自分に言い聞かせたり。彼女といっしょにいると何かと八田は忙しい。
ヒロインが寒そうに手を擦り合わせた。

「夜は冷えるね。お昼は暖かいのに」

ほう、と手を温めるために吐いた彼女の息が手の隙間から溢れる。彼女から吐き出された温度はふわりと漂ってすぐに消えていく。それがなんだか勿体無くて、綺麗で。いつの間にか物欲しそうな目で眺めていたことに、八田は気付かない。

「八田くん、寒くないの?」

八田の不思議そうな視線がヒロインとかち合うと、彼女は八田のつま先から頭へと視線を動かして、服、と言い足した。

「あ?別に」

寒ければ炎でも出して暖を取ればいいだけの話なのだ。八田にとっては。

えー、と彼女が不服そうな顔をする。それがなんだか子供っぽくて、可愛くて。八田の意識が彼女の可愛らしい態度に釘付けになっている間に、さっと手を取られる。

「わ、暖かーい!」

八田の手にいきなり冷たいものが触れて、それが彼女の手だと瞬間的に理解して、肺が強ばる。

「つめ、てっ!おま、」

離せ、と口をついて出そうになって、それに気付いて慌てて口を噤んだ。脳の奥深く、本能的に彼女の手を離したくないと、思った。

「うわー暖かーい。湯たんぽだー人間湯たんぽだー」

「なんだそれ」

彼女の手は本当に血が通っているのか心配になる程酷く冷たくて。
一体何時間外にいたらこんなに冷たくなるんだ、と。
なんで平気そうな顔をしていられるんだ、と。
心配でほんの少し、ほんの少しだけ彼女の手を握り返した。

「風邪引くぞ」

ふい、とそっぽを向きながら言葉を投げ掛けた。そんな八田の様子を見てヒロインは嬉しそうに彼の手を握り込んだ。

「いいなあー八田くん。うちに欲しいなー暖房いらずじゃん」

彼女のその言葉に、彼女の家に上がり込む自分が、彼女といっしょに暮らす様子が脳裏を過ぎる。ヒロインが俺で暖をとる。つまり、寒い時にはずっとくっついて、手を繋いで、肩を寄せ合って、抱き締めて、いっしょに寝て。

八田の表情が動揺したようにぴくり、と動く。
目敏くもその様子を捉えたヒロインが八田の顔をわざとらしく覗き込んだ。

ああ、バレてる。完全にバレてる。彼女を意識してしまったこと。俺が何を考えていたか。

吐息が掛かるくらい八田の耳元にヒロインが口元を近付けて、

「暖めて?」

わざとらしいくらい色っぽく囁いた。

彼女に触れている手と顔がやけに熱い。彼女に触れている手が、指が、感覚が敏感になって、脳にじんじん響いてくる。心音が、頭に響いてくる。身体がどんどん熱くなる。

耳まで真っ赤になった八田の様子に笑いを堪えきれず、ふっ、とヒロインが息を漏らす。

「八田くん、さっきより、暖かくなったね」

愉しそうに、満足そうに、けらけらと笑い転げるヒロインに恥ずかしくなって、うるせえ!なんて吠えてはみたが、彼女の耳に届いた様子はなく、ひたすらひいひいと腹を抱えて笑い続けていた。










あとがき(memo11/18)
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