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「八田くんスケボー乗ってるとき5割増しで輝いて見えるんだよねー」

ぴくり。
聞き耳を立てる。

俺の名前を発したのは、今密かに俺が付き合ってる女、ヒロインだ。
現在はBAR.HOMURAのカウンターで十束さんと談笑している。
俺は鎌本とプレイしているゲームから彼女へと注意を向けた。
緊張でほんの少しだけ心臓の鼓動が早くなる。

「この前なんかも自分より年上でガタイだってずっと大きい相手に全然怖気付かないんだもん」

こ、これは…もしかしなくても俺褒められてんじゃねえか
なんだよ、あいつ惚気けてんのかよ
普段全然こういうこと言ってくれねえくせに
照れるじゃねえか

だんだんと心臓の鼓動が早くなってくる。
意識が完全に彼女の方に向いていたらしく、鎌本に、ちょっと八田さんちゃんとプレイしてくださいよと、どやされた。
分かってるっつの、なんて不機嫌そうな声が出てしまったが、彼女の話に聞き耳を立てるのを邪魔されたのだから仕方ない。
俺は懲りずに再び彼女の声に耳を傾ける。

「でもねー、八田くんに伏見くんくらいの積極性があったらもっとよかったんだけどねー」

ぴくり。

「えっ、ちょ、八田さん?」

気付いたら俺はヒロインのすぐ近くまで来て、凄むように彼女の名前を呼んで振り向かせていた。
彼女は少し驚いた表情で、どうしたの?、なんて聞いてくる。
俺は舌打ちしたあと、

「だったら、猿と付き合えばいいじゃねえか」

と、低く唸るような声で彼女に吐き捨てた。






そのまま八田くんは早足でBAR.HOMURAをあとにしてしまった。
どうしよう。
これは完全に嫌われてしまった。
いや、嫌われたというより、傷つけた、の方が正しいんだろうな。
大好きな八田くんを傷つけてしまった。
何よりも大切な、八田くん。
特別な八田くんを。
どうしよう。
好きなのに。
傍にいたいのに。
でも…彼を傷つけてしまうくらいなら、いっそ…

「どうしよう…別れた方がいいのかな…」

「なんでそう思うんだい?」

多々良くんが、優しく問いかけてくる。

「だって、八田くんのこと、傷つけた…」

「そりゃあ、付き合ってたら傷つくことくらいあるよ。でも、それをいっしょに乗り越えていくのが恋人でしょ」

「うん…私、」

謝らなきゃ、と続くはずだった言葉は多々良くんの笑顔に吸い取られるように消えていった。
何も言わなくていい。
この人は分かってくれる。
そう、安心させてくれる笑顔なのだ。

「じゃあ、さっさと追いかける!」

「! はい、」

多々良くんに促されるまま、カバンを持って小走りでBAR.HOMURAをあとにする。
(全速力じゃないのは、出雲さんが怖いからだ。出雲さんにごちそうさま、と一言告げるのも忘れない。)













さすがにもうこの近くにはいないんだろうなー
あてもなくキョロキョロと忙しなく首を動かしながら人混みを歩く。
ふと、見知った青い服が視界に入った。
相手もこちらに気付いたようでゆっくりと近付いてくる。

「美咲は今日はいっしょじゃないんだ」

「うん、ちょっとけんかしちゃって、探してるの」

ふーん、と言いながら伏見くんは何か考える素振りをしたあと、

「無闇矢鱈に探しても疲れるだけだろうし、公園かどっかでも行って通りかかるの待ったら?」

と提案してくれるのだった。
私はありがたくその案を採用させてもらうことにして、ついでに伏見くんに話を聞いてもらうことにした。
(というか、伏見くんがぐいぐい聞いてきた。)


公園内が一望できるベンチに腰掛け、事の経緯を話した。

「それで、私のせいで八田くんのこと傷つけちゃったから、どうしても早く謝りたくて。私が悪いから」

「ヒロインちゃんは悪くないだろ」

「いや、私が悪いよ。八田くんが怒るのは当然、」

「俺だったら、そんなことじゃ怒らない」

ふいに熱烈な視線を感じて伏見くんへと視線をやった。
どきり。
艶を帯びた視線が私を射抜く。


「だから、俺にしとけってあれほど言ったのに」

伏見くん側にある私の手に伏見くんの手が重ねられる。

「美咲はすぐに頭に血が昇るからなー。あんな単細胞とヒロインが釣り合うわけないだろ」

カッと頭に血が昇るのが分かった。

「八田くんのこと悪く言わないで」

なんだろう、無性に腹が立つ。

「私の好きな人のこと悪く言う人は嫌いです」
















あれって…
猿と…ヒロインじゃねえか
おい、嘘だろまさか本気で…
待ってくれ
嘘だろ
くそったれ







「八田くん!やっと見つけた」

息を切らしながら小走りで彼女が駆けてくる。
俺の近くまで来ると息を整える。

「話したいことでもあんのかよ、猿と付き合うことになりましたなんて絶対に聞いてやんねえかんな」

早口でまくし立てるように彼女に言う。
口に出してしまうとなんだか一気に現実味を帯びてきて、心臓を鷲掴みにされた感覚がした。

何か言おうとしたらしく彼女の口がわずかに開かれたがまた閉じる。

なんだよ、本気なのかよ、本当に…

「不安にさせてごめんね」

どんどん下がって足元にまで来ていた視線が一気に跳ね上がる。
ヒロインと視線が交じわった。
彼女はまっすぐにこちらを見ていた。
俺と視線が合ってふいに柔らかく微笑む。
あ、俺の好きな笑顔だ。

「私にとって八田くんは特別だから」

そう言って遠慮がちに手を握ってくる。
それだけなのに、俺はひどく安心してしまうんだ。
彼女はまだ俺の傍にいるんだ、と。











あとがき(memo11/19)
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