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□short
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鎮目町のある一角。
全体的には小洒落ているが、統一感のないインテリアがいくつか置かれているバーがある。
酒の種類や食器、グラスなどには店主のこだわりが見られ、イギリスのパブを彷彿とさせる。
その反面、そんな店内には似つかわしくない盆栽などが置いてあったりもする。
赤のクランの本拠地でもあるこのバーHOMRAに、男女が佇んでいた。
草薙が静かにグラスを磨いている様子をヒロインはカウンターに座って眺めている。
彼女は何か話したいことがあるようで、草薙に話し掛けるタイミングを見計らっていた。
草薙が磨き終えたグラスを食器棚に入れて別のグラスを出してくる。
おもむろにヒロインが口を開いた。

「ねえ、出雲、吠舞羅はいつまで続けるつもりなの?」

草薙は動じることもなくそのままグラスを磨き続けながら会話をする。

「せやなぁ、どないなるんやろなあ」

呑気な調子で話す草薙にヒロインは唇を噛み締めた。

「でも、周防くん、亡くなっちゃったんでしょ…?この前多々良くんが亡くなったばっかりだっていうのに、」

眉間に皺を寄せ、ヒロインがくしゃりと顔を歪めた。

「じゃあ、次は、っ…!」

「ヒロイン、」

落ち着け、という意味合いを含んだ草薙の声を聞きながらも、勢いづいた言葉はヒロインの喉をせっついて早く出せと暴れまわる。

「次は出雲じゃない…!」



ああ、泣かせてしまった。
こうなるから、この話題は避けたかったのに。


磨き始めたばかりのグラスを置いて、カウンターを回ってヒロインの方へと歩み寄る。
唇をわなわなと震わせてしゃくり上げながら、泣き顔を見られないように俯いている。
そんな彼女をそっと抱き締めた。
ふわりと優しい香りが鼻を掠めて、ええ匂いやな、なんて見当違いのことを思った。
久しぶりに抱き締めたヒロインの身体は小さくて、頼りなくて。
こんな身体で自分のことを心配して必死になってくれているのだと思うと、なんだか胸が締め付けられた。

「安心しい、ヒロインが心配せんでも吠舞羅はもう終わりや」

宥めるように背中を優しく撫ぜる。

「、王がおらんなったんやからな」

言いながら、草薙は固く目を閉じる。
自分で言葉にしながらもまだ、尊の死に向き合えてはいないのだ。
胸板にシャツ越しに触れるヒロインの額の温度を感じながら、こんな情けない顔を見られなくて良かったと静かに嘆息した。
ヒロインがぐずぐずと鼻水を啜る音と、草薙がヒロインの背中を優しく摩る音が静かに響く。
ゆっくりとした時間が流れる中、唐突にカランカランという玄関のベルの音が来訪者を告げる。

「チィーッス…」

扉を開けた八田はぴたりとその場に硬直した。
草薙に抱き締められているヒロインを目に留めたまま、ぴくりとも動かない。
2、3秒ほどそうしていたかと思うと、

「す、すんません!俺、あーっと、用事!思い出したんで!」

そう言い残してそそくさとバーを後にしてしまった。
バーの中に再び静寂が訪れる。

「…あれ、完全に誤解してるよね」

「…せやな、完全に誤解しとるやろな」

ヒロインは勢いよく草薙から離れるとおもむろに荷物を掴んで出口へと走る。

「ちょっと八田ちゃん追いかけてくる!」

そう言い残して出て行ったヒロインの方へ向いたまま、草薙は眉尻を下げ口角を上げたなんとも言い難い表情で溜息を吐いた。

「あ、出雲、ありがとね!」

ひょこっと扉から顔を覗かせて、慰めてもらったお礼だけ手短に告げてヒロインは再びバーを後にする。
あっという間に姿が見えなくなった彼女に向かって草薙は小さく、いってらっしゃいと言いながら手を振るのだった。



八田はスケボーに乗るのも忘れてせかせかと一人夜道を歩いていた。
先程の衝撃的な場面が網膜にこびりついて離れない。
出くわした直後は恥ずかしさから焦って飛び出してしまったものの、歩きながら顔の熱を冷ましているうちにだんだんと胸の内にもやもやとしたものが溜まってきていた。
あの場面がちらつく度にもやもやが増えていく。
それと同時に胸がずきり、と痛んだ。
表情を歪め、拳をぎゅっと握る。
対処法の分からないこの現象に八田は苛立ちを覚えた。
苛立ちを発散するかのようにどんどんと歩く速度は速くなっていく。
この苛々を発散するためにゲーセンにでも寄ってから帰ろうとゲーセンへと足を向けたとき、端末にコールが掛かった。
誰だよ、と苛立ちを隠そうともせずあからさまに表情に表した八田は、連絡相手を確認してピシリ、と固まった。

『あ、もしもし八田ちゃん、今どこ?』

「え、あー、ちょうど大通りに出たとこっすけど…」

『すぐ行くから、ちょっと待ってて!』

そう言い残してこちらの意見も聞かずに切れてしまった端末を八田は呆然と見つめた。



「ごめん、八田ちゃん、お待たせ、」

「いや、いいっすけど…」

ぜえぜえと肩で息をしながら走って八田に近付いてきたヒロインは、膝に手をついて息を整えている。
さっきの今ということもあってまだヒロインを直視できない八田は、沈黙を気まずく感じてぎこちなく声を掛ける。

「あ、その、大丈夫っすか?」

八田の気遣いに顔を上げたヒロインは、うん、大丈夫、ありがとー、と嬉しそうに返事をする。
息が落ち着いてきたらしいヒロインは、ふーっと一息吐くと八田と視線を合わせて話す。

「さっきの、なんだけどさ、」

八田は小さく、はあ、とも、はい、とも取れるような曖昧な相槌を打つ。

「その、出雲とは、そういう関係じゃなくてさ、」

あーとかうーとか唸りながらヒロインははっきりしない口調で言葉を濁しながら口を動かし続ける。
ヒロインから逸らされていた八田の視線が徐々に彼女に近付いていく。
視線の先に捉えた彼女は斜め下辺りに視線を彷徨かせていた。
ずきり、とまた原因不明の胸の痛みが疼き始める。
ずきり、ずきりと痛みはどんどん加速していく。
いつもなら、彼女が話しかけてくれると嬉しくて、恥ずかしくて、くすぐったくて。
それなのに今はどうしてこんなにも苦しくて、泣きそうなんだろう。
この痛みを、苦しみを少しでも紛らわせたくて、八田は声を搾り出す。

「そういう関係って、なんなんすか」

もごもごとはっきりしない滑舌で小さい声量で吐き出された言葉でもヒロインの耳にはしっかり届いたようで、彼女は八田に視線を合わせて目を瞠った。

「なんていうか、さっきのはイチャついてたわけじゃなくってさー、」

言い訳をするように苦い顔で焦るように言葉を紡ぐ。
なんだかこれじゃ、墓穴を掘ってるみたいだ。

「それに出雲は幼馴染だし、なんていうか、長い付き合いだし、意識するような間柄じゃないっていうか、」

不服そうに唇を噛み締めている八田を視界に留めたヒロインは、そんな八田の様子に悪戯心をくすぐられてちょっかいを掛ける。

「それに、八田ちゃんとハグする方が私は嬉しいかな」

にやりと緩んだ口元は八田のリアクションを見て嬉しそうな満面の笑みへと変わる。
いきなりのことに八田は瞠目しぽかんと開けた口を金魚のようにぱくぱくと動かしてみせた。
徐々に顔へ熱が集まってきて首筋から赤く染まっていく。

「あ、な、なに言ってるんすか、」

なんとか絞り出した声も裏返っていて、動揺しているのは一目瞭然だ。
にやにやしながら、ねーしてくれないのー?ハグー、と強請ると、八田は、んなっ、は、はあぁ?などと言葉にならない声を上げた。
ねえねえと上機嫌でヒロインが八田の顔を覗き込むと、ものすごい早さでぐりん、と身体の向きを変えられる。
八田が身体の向きを変えたことで目に付いた彼の耳は真っ赤に染まっていた。
それを見たヒロインは嬉しくて、おかしくて、ついに大きな声で笑い出してしまった。
恥ずかしさに耐えるように八田がわなわなと震える。

「ヒロインさん!」

勢いよく振り返って抗議の声を上げた八田の顔は恥ずかしさでこれでもかというほど真っ赤になっていて目も潤んでいて、さすがにヒロインもこれはやりすぎたな、と軽く反省をした。

「ふふふふふ、ごめん、ごめん」

言葉だけで謝ったヒロインは八田の手を取って駆け出す。

「え、ちょ、ヒロインさん!?」

慌てて抗議する八田の声に振り向いたヒロインは至極楽しそうで満足げな表情を浮かべていた。
どきり、と心地良い感覚がする。
くすぐったいような、体がふわりと浮き上がるような。

「今日はこれで勘弁してあげるね」

そう言って絡んだ指は、いわゆる恋人繋ぎというやつで。
体中をなんとも言い難いくすぐったい感覚が駆け巡る。
八田は夢見心地なままヒロインと手を繋いで帰路を共にするのだった。

















あとがき(memo8/26)
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