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いつものようにバーに吠舞羅のメンバーが集まっているとき、思いついたようにヒロインが提案する。

「夏祭り行かない?みんなで」

おおー!夏祭り!いいな!浴衣ギャルナンパしようぜ!なんて各々で盛り上がっている中、草薙は彼女の言った、みんなで、という言葉について思案する。
両想いにも関わらずなかなか進展を見せない八田とヒロインの二人は、二人きりでデートとして行かせるべきなのだろうが、八田には難しいだろう。
吠舞羅のメンバー大勢でわいわい行った方がきっと無難なのだろう、と結論付けた草薙は軽く肩を竦めてみせた。



ヒロインとアンナのたっての希望で、吠舞羅の面々は浴衣姿で集まっていた。
もちろんアンナの浴衣は真紅だ。


「アンナ、はぐれないようにキングにしっかりくっついてるんだよ」

「わかった」

十束は周防の浴衣の裾を握っているアンナと視線を合わせるようにしながら彼女に優しく言い聞かせる。
アンナが頷いたのを確認して、屈んでいた十束は背を伸ばした。
そうしてヒロインと八田の方を含みのある笑顔で見遣る。

「あんまり大勢だと歩きづらいし、八田とヒロインは二人で歩いてきなよ」

そう言った十束の顔は至極楽しげであった。



「八田くん、浴衣の裾、持ってていい?はぐれちゃいそう」

人混みではぐれないようにと、ヒロインが八田の浴衣の裾をつい、と持つ。
歩く度に浴衣越しに彼女の指先が腕に触れてどきどきと心臓が高く脈打った。
ふいに彼女の浴衣の裾が八田の手に触れて、ついそれを掴みたくなってしまい彼女の裾を摘みそうになる。
八田は、彼女の裾を握り込む既のところで自制心からか、急に羞恥心に苛まれてその手は空を掴んだ。


「わーりんご飴ー!かわいーおいしそー」

そう言って屋台の前でりんご飴を齧り付くように眺めていた彼女にひとつ買ってやると、花が結んだような笑顔を浮かべた。
彼女の笑顔を見るとこちらまで幸せな気持ちにさせられると同時に、どうしようもなく恥ずかしくてくすぐったくなる。
嬉しそうにしばらくそれを眺めていた彼女の舌が赤い球体に可愛らしく這わされる。
そのなんとも甘美な光景に八田はごくりと喉を鳴らして唾を飲んだ。


「八田くんは何か買わないの?」

彼女に見とれていた八田はその声で我に返り、ほんの今しがた彼女に抱いていた感情の後ろめたさから焦って近辺の屋台を見回す。
えーと、あーそうだなーなどと口から零しながら時間を稼いでいると、牛串、の文字が目に留まる。

「あ、牛串、食ってもいいか?」

「うん、いいねー牛串!美味しそう」

「え、あ、じゃあ食うか?」

「え、いいの?一口もらっても」

てっきりヒロインも一本頼むものと思っていた八田は一気に慌てふためいて、あ、ああ、などと曖昧な返事しか返すことができない。
八田の脳裏に一口ちょうだい∞あーん∞間接キス≠ネどの言葉が羅列され脳内がぐるぐるとそれらで埋め尽くされる。
緊張と恥ずかしさでじわじわと顔に熱が集まってくる。
どうしようどうしようと焦っているうちに無慈悲にも屋台のおじさんから焼きあがった串を手渡される。
ヒロインに先に一口食べさせると、おいしー!と幸せそうに感想を述べて串を差し出してきた。
手渡されたそれをじっと眺めた八田はずっとこのままでいるわけにもいかず意を決して牛肉に齧り付く。
厳密にいえば違うのだがなんだかヒロインと間接キスをしているみたいな気分になってもぐもぐと咀嚼しながら所在なさげに視線を彷徨かせた。



八田くんの提案で来た隠れスポットは人も少なく眺めも素敵だった。
二人してベンチに腰掛けて花火を眺める。

「ね、八田くん、そっち行ってもいい?」

八田に許可を取ってからヒロインは八田との距離を詰めた。
ぐっと近くなった二人の距離に、八田の心臓は激しく動機を打ち始める。

「花火、綺麗だね」

「あ、ああ、」

返事をするので精一杯で、八田には彼女の言葉に耳を傾けている余裕などなかった。
二人の間にはしばらく花火の音だけがBGMとして鳴り響く。
ヒロインの手がゆっくりと八田の手に重ねられる。
驚いた八田は思わず手を引っ込めそうになるがなんとかその場に留める。
まるで全力疾走したあとみたいにどくどくと忙しなく血流が全身を駆け巡った。
緊張からごくり、と唾を飲み込む。

「八田くん、今日はなんだかうわの空だったよね、」

「あ?ああ、」

「もしかして、女の子のことだったりして、」

「えっ、あ、いや、あー…」

ヒロインのことで頭がいっぱいだったのが本人に知られていたのがなんとも恥ずかしい八田は曖昧に言葉を濁すことしかできない。
顔を引きつらせて視線を彷徨わせた。

女性が苦手な八田くんのことだ、きっと焦って顔を真っ赤にしながら全力で否定してくるだろう。
そう思って、からかおうとして言ったのに。
八田くんに好きな女の子がいたなんて、知らなかった。
思いもしなかった。
ほんのさっきまで浮かれていた自分が惨めで、情けなくなって。
未練がましくも、その子とお祭り来ればよかったのに、なんてやっぱり言えなくて、悔しくて唇を噛み締めた。

そっと彼の手から離した両手を自分の膝の上へ置いた。
手のひらにはじんわりと八田くんの体温が残っていて、その暖かさが優しくて愛しくて、どうしようもなく胸を締め付けた。
きらきらと散っていく花火が視界に広がって、なんとなく自分の恋心と重ねてしまって。
心の中で小さく、消えないで欲しいな、なんて呟いていた。
せめて、彼の隣にいられる今が少しでも長く続いて欲しくて。終わって欲しくなくて。
それでも私の願いとは関係なく花火はきらきらと美しく散っていくのだ。










あとがき(memo8/9)
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