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ガコン、という音を立てながらエアホッケーのパックがゴールに入る。
自分のゴールに入ってしまったそれを見てヒロインは不服そうに顔を顰めた。
慣れた手付きでパックをゴールから出してテーブルに置く。
ちらりと相手の様子を覗うと八田は特に表情を変えることなくその様子を見ていた。
それを見て悔しさを覚えたヒロインは、むっと口元を歪めた。
絶対逆転してやる!と意気込んでパックを打ったところでちょうど時間切れの音が鳴った。
打ったパックはそのまま八田のゴールへ入ったがもちろん得点は入らないし、八田もそれを気にも止めない。
プロとアマチュアくらいはあろうかというような得点差を見て内心溜息を吐きながら、ヒロインは八田に声を掛ける。
「八田くんすごい上手いね」
「ん?そ、そうか?」
八田は片手で後ろ髪をくしゃりと撫でるように後頭部を掻きながら照れくさそうにはにかんだ。
「なんでそんな上手いの?」
「いや、なんでって言われても…」
褒められた余韻でまだ少しニヤついた顔のまま八田は返事をする。
「コツとか」
「コツ?んー…なんつーかこう、ガッとやんだよ」
擬音語とともに八田はパックを打ち返すような動作をしたが、これだけの情報ではコツらしいコツなど全く分かったものではない。
そ、そっか、と適当に返事をしたヒロインはゲーセン内をぐるりと見回し次の獲物を探した。
「あ、八田くん!次アレやらない?」
ヒロインが指差した先にガンシューティングゲームが設置されているのを見付けた八田は楽しそうに返事をする。
「おう!いいぜ!」
ゲーム全般を得意とする八田だが、どちらかというとエアホッケーよりこっちの方が得意だ。
まあ、そのエアホッケーでもヒロインには圧勝だったわけだが。
小気味良い発砲音が立て続けに発せられる。
主にそれは八田の方から発せられていて彼は手馴れた様子で巧みにガン・コントローラを操っていた。
ヒロインもなんとか敵を倒していっていたのだが、武器の交換方法がよく分からず手間取ってしまい、あわやというところでなんとか乗り切った。
ヒロインは安心して、ふう、と一息吐く。
ふいに八田が進行方向からぐるりと向きを変えて銃を撃つ。
驚いたヒロインは八田が打った方角を確認するとどうやら敵が背後に回っていたらしく、ちょうど敵が倒れるところが見えた。
「気を付けろよ」
そう一言画面に向いたまま言い放った八田にヒロインは、むっと口元を真一文字に結んだ。
結局ゲームオーバーの文字を見る羽目になってしまい、八田は悔しそうに唸った。
「あーあ、いつもならあと2ステージは行けるんだけどなー」
特に何も考えずに言ったのであろう八田の発言が癪に触ったヒロインは、それって私が足でまといだったってことじゃん、などと思いながらも会話をする。
「ごめんね、なんか足引っ張っちゃって」
「いーんだよ!今度はお前のこと守りながらぜってー最後まで行ってやっからな!」
ヒロインは、うん、ありがと、と返しながらもぐるりとゲーセン内を見渡すが、目星いところはもう一通りやったあとだ。
「八田くんは普段どんなゲームやってるの?」
「あ?あーそうだなー…シューティングも格ゲーも音ゲーもなんでもやっけど」
立ち止まっていては邪魔になるためふらふら歩いていると、ちょうど目の前に来たパンチングマシーンの目に留まった八田が言う。
「パンチングマシーンとかもやったりすんなー。ま、毎回ランキングトップ取るようになってからあんまやんなくなったんだけどな」
「女の前だからって調子づいてんじゃねーぞ」
ヒロインと八田の二人は声の聞こえてきた方、パンチングマシーンの前にいる不良っぽい男子学生を見た。
八田は不機嫌そうに、あ?んだよ、などと威圧的な口調で言い返している。
ヒロインはチラリとパンチングマシーンの筐体を見やる。
そこには本日のランキングベスト3の部分がチカチカと光っていて、おそらく彼が叩き出した数値だろうことが予測された。
八田くんもそれに気付いたみたいで、鼻で笑いながら彼を挑発する。
「はっ、大した事ねーな!」
「んだとコラ!テメーやんのか!」
「ああ?テメーこそやんのか!」
売り言葉に買い言葉といった具合に話が進み、どうやらパンチングマシーンで勝負をすることになったらしい。
ヒロインは呆れ半分で二人を大人しく見守ることにした。
やはりというか、八田くんは堂々のランキング一位を叩き出し、男子学生は悔しそうに悪態を吐いていた。
「クソッ、テメーどこ中だよ!」
「ああ!?誰が中坊だコラ!!」
勝敗が決したことで落ち着くかと思ったのだが、不良の一言に八田くんが噛み付いてしまう。
どうしたものかとハラハラしながら様子を見守っていると、男子学生がちょっと面貸せや、などと言い始めていてこれは見過ごすわけにはいかない。
「ああ?上等だコラ」
「だ、ダメだよ八田くん、相手は一般人だよ?」
「んだコラ女はすっこんでろや!」
ヒロインは男子学生を気遣って喧嘩を止めようとしたのだが、彼はどうやら格下に見られたのが気に食わなかったらしい。
吠舞羅の面々といっしょにいると忘れがちだが、不良やヤンキー、ギャングといった類の連中は本来理不尽に暴力を働いてくるものである。
恫喝されたヒロインは敵意がこちらに向いたことで怯む。
その様子を見た八田の表情が一気に険しくなる。
気のせいか、八田くんの体から炎が滲み出ているような気がした。
威圧的な空気を醸し出しながら低い声で、女ビビらせてんじゃねーよ、と威嚇する。
男子学生は明らかに怯んだ様子を見せたが、それでも震える足を叱責してゲーセンを出て裏路地へと連れてきた。
まさかとは思っていたが予想通り少しするとぞろぞろと同じような学生服を身に纏った男子が複数人出てきた。
そのまま取り囲むように動く。
先程喧嘩を吹っ掛けてきた男子学生は、勝利を確信したのかにやりと下品た笑いを浮かべていた。
決着はあっという間についた。
たとえ何人集まろうと八田くんが一般人に負けるわけがない。
彼らのことは可哀想だが自業自得だろう。
一応止めようとしたのだ、私は悪くない。
派手に喧嘩をしてもうあのゲーセンには戻れなくなってしまったため、半ば仕方なく鎮目町を二人で歩いていた。
ふいに店の前に出ているUFOキャッチャーが目に留まる。
おそらく限定品なのだろうグッズが景品として並んでいた。
「八田くん、ちょっといいかな」
「おう」
そそくさとUFOキャッチャーの前に行き獲物を確認し硬貨を入れる。
慎重にボタンを操作するのだがアームからするりと落ちてしまう。
2度、3度と挑戦するが同じ結果に終わった。
見かねた八田くんが自分が取ると申し出るが、どうしても自分で取りたくて半ば意地になってそれを断る。
しかしそれもさすがに金額を積んでいくと難しくなってくるわけで、結局不本意ながらもヒロインは八田の申し出を受け入れた。
「ほらよ」
そう言って景品を差し出す八田くんはどこか嬉しそうで満足げだ。
どきり、と鼓動が跳ねた。
周りの金属類が夕陽に照らされて反射した光を纏って八田くんの笑顔は暖色を帯びて暖かみを増す。
私の我侭で取ってもらったのに、彼はとても嬉しそうな顔をしていて。
不覚にも。不覚にも八田くんをかっこいいと思ってしまった。
欲しいものを取ってくれたからだろうか。なんて私は現金なんだろう。
「なあ、他になんかいるもんあるか?」
「いや、特には…」
うわの空になりかけていたヒロインは焦って小さな声になりながらもなんとか返事をする。
じゃあ帰るか、と言いかけた八田くんを遮って私は声を掛ける。
「や、やっぱり、欲しいものあった!」
別に欲しいものなんてない。
でもなんだか、このまま帰ってしまうのは勿体無い気がしたのだ。
「どれだ?」
「えーっと、ちょっと待ってね」
半分パニクりながらも頭をフル回転させて考える。
何でもいいんだ。何でもいいんだけど。
ふと目に付いた大きなぬいぐるみを指差す。
「あ、あれ、あれが欲しい」
少し子供っぽいかななんて思いながらも、よっしゃ任せろ!と意気込んでいる八田くんを見ると嬉しくてなぜだか胸がドキドキするのだ。
ほらよ、とぬいぐるみを差し出してくる八田くんから受け取って大事に胸に抱える。
ぬいぐるみに顔を埋めるとなんだか八田くんを思い出してしまってドキドキする。
こうやってぬいぐるみを抱いていると大きくてどうしても両手が塞がってしまう。
八田くんと手を繋げない口実ができてよかった。
きっとこんな気持ちで八田くんと手を繋いで帰ったら、きっと恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまっていただろうから。
あとがき(memo7/20)