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今日は週に一度、八田くんと会える日。
まあ、会えるといっても帰路を共にするだけなのだけれども。

私と八田くんは正直、そんなに接点があるわけではない。
ただの同級生。
ひょんなことからこの公園でバイト帰りの八田くんと遭遇し、以来毎週この時間は私がこの公園でバイト帰りの八田くんを待ち、家まで送ってもらうことが習慣になっていた。

ベンチに座ってのんびりと端末をいじりながら八田くんを待つ。
あと15分。
あと15分で八田くんに会える。
そう思うとついつい浮き足立ってしまって、身だしなみをチェックする自分に、好きな人を想うのってなんだかすごく楽しいなって、口元が緩んでしまう。
今日は何を話しながら帰ろうか。
そうやって想いを馳せていたヒロインに数人の男性が近付いていた。

「あんた、ヤタガラスの女だろ?」

いつの間にかヒロインを取り囲んでいた数人の柄の悪そうな男たちのうちの一人が問い掛ける。
男たちの気配に、視線に、投げかけられた声にヒロインは顔を上げた。
動揺して視線を彷徨わせた彼女を見て先程の質問は聞こえていなかったものと判断した男はもう一度繰り返した。

「お前、ヤタガラスの女だろ?」

「え、ち、違います」

つい声が小さくなってしまった。
男たちに取り囲まれている恐怖もその一因ではあるが、そんなことよりずっと大きな要因があった。
ヤタガラスという通り名の彼、八田くんとは事実、付き合ってなどいないのだ。
それに、おそらく脈もない。
私の一方的な片想いなのだ。

さっきまでの高揚した気分から一転、事実を突き付けられた気がして私は随分と気落ちしてしまった。
自然と声のトーンも落ちてしまう。
仕方のないことだ。
きっと八田くんも私なんかと付き合ってると誤解されるなんて迷惑なんだろうな、なんてぼんやりと頭の隅で考えた。
途端に胸の奥がずしりと重たくなった気がした。

「俺、知ってんだよねー」

男が軽快な口調で話し掛けてくる。

「あんたらがここでいっつも会ってんの」

周りの男たちもにやにやと下卑た笑みを浮かべている。

「ちょっと来てもらおうか」

ああ、八田くんと待ち合わせしているのに。
八田くんに待ち呆けさせてしまったりしないかな。
八田くんに迷惑掛けてしまわないかな。

ぼんやりとそんなことを考えながらも、男たちに抵抗する手段を持たない私は大人しく彼らについて行くのだった。




今日は週に一度、ヒロインと会える日だ。
そう思うとバイトが終わる時間が近付くにつれだんだん時間を確認する回数が増えてしまう。
嬉しいような恥ずかしいような、なんともいい難い気持ちで彼女の待つ公園へと向かう。
会いたいような、会いたくないような。
ヒロインのことを考えると不思議な感覚になってしまう。
彼女を見ると、彼女の声を聞くと、どうしていいのか分からなくて困ってついそっぽを向いてしまう。
それなのに、彼女にまた会いたいと、もっといっしょに居たいと思ってしまう。
なんとも理解し難い感覚だ。

八田は自分の頬が赤らんでいることも知らずに、はやる気持ちを抑えて極自然な足取りを心掛けて歩いた。
彼女がいつも腰掛けているベンチが近付くにつれ、視線はふらふらと彷徨い、自分の足元を写した。
彼女を視界に入れるのは、なんというか、慣れない。
そうやって近付いて彼女に声を掛けようと思ったとき、彼女の気配がないことに気付き顔を上げる。
いつもなら、お疲れ様、と笑顔で迎えてくれるのに。

顔を上げて周りを見渡すも彼女の姿は見当たらない。

一気に八田の身体が脱力する。
なんだか、さっきまでそわそわしていた自分が馬鹿みたいだ。

「あー、クソッ!」

誰に対してでもない怒りを態度に表した八田は、耳まで赤くなるほど顔面に集まった熱を誤魔化すように軽くベンチを蹴った。



「ヤタガラス呼び出してくんない?」

公園で私に問いかけてきた男とは別の男が要件を述べる。
ゲラゲラと今にも笑いだしそうな愉快そうな雰囲気から、若干の狂気を漂わせていた。
目が座っているとはこういうことだろうか。

「すいません、連絡先を知らないので、」

「あ?」

私の返答が気に食わなかったらしく、男は不機嫌そうな声を出した。

「ったく、めんどくせーな、端末貸せや」

抵抗しても無駄だということは分かっていたので、大人しく端末を差し出す。
男が少々乱暴に端末を奪い取った。
私の端末に登録されている連絡先を確認していく。
連絡先を抜き取って悪用されたりしないかな、なんてぼんやりと不安が過ぎった。

「おい、マジかよ」

驚いた、とでもいうかのように少々大袈裟なリアクションで男が言う。

「こいつマジでヤタガラスの連絡先入れてねーんだけど」

愉快そうに、周りの笑いを誘うように男が続ける。
それを聞いた周りの男たちは口々に、は?こいつヤタガラスの女じゃねーの?でも毎週同じ時間に会ってるんだぜ?なになに?割り切った関係ってやつ?セフレ?マジかよ俺もヤりてー!なんて盛り上がっている。

さすがに、カチンときた。

「八田くんは、そんな人じゃありません」

思ったよりも低い声が出てしまったことに、自分でも少し驚いた。
だが、そんなことを気にしている場合ではない。
盛り上がっていた場を静めることには成功したが、彼らの癇に触ってしまったようだ。

「あ?」

なんて言って男が威圧しながら近付いてくる。

「お前、自分の立場分かってんの?」

男が私の顔に手を伸ばしてくる。
きっと顔面を掴まれるのだろう。
私は思わず固く目を瞑り身体を強ばらせた。


「うオラァ!!!」

叫び声とともに目の前を暖かいものが通過した感覚がして、慌てて目を開く。
視界には、赤々と燃える炎が映る。
ほんのさっきまで私の目の前にいた、炎に直撃された男は数メートル吹っ飛んで呻き声を上げた。

炎の中にいるのは、もしかして、八田くん?

急な展開に理解が及ばず、私はただ立ち尽くしたまま炎を纏う彼を目で追い続けた。
複数人いた男たちが全員捩じ伏せられるまでに時間は掛からなかった。
彼がスケボーを降りてこちらへ歩いてくる。

「、八田くん?」

言い直した方がいいのではないかと思うほど、私の声は小さく、弱々しく、震えていた。
それを聞いた彼は苦い顔をして私に近付く。
そのまま、八田はヒロインを抱き締める。
スケボーが地面に落ちて、ガランと音を立てた。

「ワリ、」

そう言って八田はぎゅっと抱き締める腕にほんの少し力を込めた。
彼女の負担にならないように、優しく、優しく。
女性慣れしていない八田の精一杯の気遣いだ。

八田くんの体温がじんわりと体に染み込んできて心までほかほかと安心させられる。
首元に八田くんの吐息を感じる。
なんだか恥ずかしくなってきて、顔に熱が集まるのを感じた。



今日は週に一度八田くんと会える日。
今日はいつもより帰宅時間が遅くなってしまったけれど、八田くんと会えたことが嬉しくてついそちらにばかり思考が傾いてしまう。
いつも通り八田くんは私と目を合わせてくれないけれど。
それでも、今日は特別だから。
八田くんと会えたから。
また来週もこうやって私は八田くんに会うために公園で待っているんだろう。

私の家の前まで来たところで八田くんにお礼を言う。

「送ってくれてありがとう、気を付けてね」

続けて、おやすみーと彼を見送ろうとしていたところで、

「あの、よ」

珍しく私に話し掛けてきた。

「連絡先、教えとく」

ぶっきらぼうにそう言いながら、端末をいじり始めた彼を見て私もそそくさと端末を操作する。
連絡先を教えるだけ教えて去っていった彼の後ろ姿を見送ったあと、私は再び端末へと視線を戻した。
嬉しさに、ついつい顔がにやけてしまう。


これで毎週同じ時間に公園で待ち合わせる理由はなくなった。
それでも私はまた彼に会いたくてあの公園で待つんだろう。
きっと彼も、そっぽを向きながら、送ってやるよってぶっきらぼうに私と家路をともにしてくれるから。













あとがき(memo4/24)
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