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バー特有の暖色の照明に照らされながら、ヒロインは手にしていたグラスを傾ける。
カラン、とグラスに氷が当たる音が小さく響き、彼女の口内へとグラスの中身が消えていった。

「出雲ー、梅酒ロックお願い」

「ウィ、マドモアゼル」

恭しい仕草で草薙はヒロインの注文を受ける。
草薙がお酒の用意をしている姿を眺めていたヒロインは、チラリと視線を逸らし、鎌本といっしょに騒いでいる八田へと視線を向けた。
アルコールのせいか、彼女の頬はほんのりと上気していた。

「八田ちゃん可愛いなーホント。早く彼女できないかなー絶対初々しくて可愛いよー」

慈愛に満ちた、悪くいえばニヤニヤとだらしなく緩んだ顔でヒロインは八田について言及した。
それに対して草薙はほんの少し不思議そうな顔をする。

「ヒロインが付き合うんやないんや?」

そう言いながら草薙は酒の入ったグラスを彼女の前に置く。
ヒロインは、あはは、ないない、と楽しそうに笑ったあと、草薙が出した酒を一口飲んで話し続ける。

「八田ちゃんはねー、なんていうか、息子に欲しいかんじ?」

ヒロインの言葉に、彼女の隣に座っていた十束が、名案を思いついたとでもいうような楽しそうな顔で話に割り込む。

「あっ、じゃあ、草薙さんと子供作っちゃえば、」

「十束、」

「えへへー、ごめんごめん冗談でーす」

草薙に牽制された十束は、握り締めた片手を側頭部にあてるような動作をしてはぐらかす。
テヘペロ、とでも言いそうだ。

十束は、草薙の幼馴染で定期的にBAR.HOMRAへ訪れるヒロインと、草薙が何故付き合わないのかと常々不思議に思っている。
今回も良心で言った言葉なのだが、草薙に遮られてしまった。

そんな十束の言葉にも気を悪くすることなく、ヒロインはくすくすと笑いを溢し、ふいに懐かしむように目を細めた。

「あー私にも出雲のこと好きだった時代があったなー」

「えっ、なんやそれ聞いてへんで」

珍しく草薙さんが慌てたように声を荒げる。
長年片想いしてきた相手からの突然の告白を受けてしまったんだから、当然といえば当然の反応なのだが。

「だって言ってないもーん。バレンタインにレシピとにらめっこしてお菓子作ったりしてねー。懐かしい」

アルコールが入ってほろ酔いで上機嫌になっているヒロインは、ふふふ、と相変わらず嬉しそうに微笑んでいる。

それにしても草薙さんも気の毒だなあ。
昔は好きだったってことは、今は意識してないって言ってるようなものだからね。

十束はチラリと草薙の顔を盗み見た。
草薙さんはなんだか複雑そうに苦笑いをしていた。



「じゃあ、そろそろおいとましようかな」

そう言いながら立ち上がろうとするヒロインを見て草薙は八田へ声を掛ける。

「八田ちゃーん、ヒロイン送ったってや」

「おっ、気が利くねー出雲!」

見送りをすることについて気が利くと言ったのか、それとも八田をチョイスしたことに関して言ったのか。
今回はおそらく後者の方であろう。
強引にでも草薙さん自身が送っていってあげればいいのに、と十束はほんの少し不服に思う。
長年幼馴染として過ごしてきた故に今更恋心を打ち明けるのが気恥ずかしいのか、それだけ大切にしたいのか。
草薙のことだからきっと両方だろう。
やれやれといったように溜息を吐いた十束は、二人をどうやってくっつけるか再び思案するのだった。



夜道を男女二人組が近すぎず遠すぎない距離感を保ちながら歩く。
アルコールのせいか赤い顔で上機嫌に歩く女、ヒロインに対して、八田はなんとなくそわそわして視線を彷徨わせ落ち着かない。

「八田ちゃんてさー、好きな子とかいるの?」

「へ、」

いきなりぐい、と八田の顔を覗き込むようにして聞いてきたヒロインに驚いて、緊張の余り八田は素っ頓狂な声を出した。
一貫して彼女の顔はニヤニヤと上機嫌そうである。
嬉しそうに、ねえいるの?ねえ?ねえ?と顔を近づけてくる彼女に八田の顔が赤く染まる。

「いや、その、」

「うん、うん、いいねえ、青春だねえ、命短し恋せよ乙女だよ」

赤面した八田を見て肯定したものと受け取ったのだろう彼女はさらに笑みを深くし、上機嫌で語る。

ヒロインが納得したような顔で頷いているところからどうやら誤解されているような気がしなくもないが、八田にとっては彼女の顔が至近距離にある状態から解放された事の方が圧倒的に重要であり、弁解する気にもならず小さく溜息を吐いて胸をなで下ろした。


「私最近一人暮らし始めたんだよねー」

「そうなんすか、女の一人暮らしは危ないっすよ」

「ありがと、気を付ける」

彼女の身を気遣ってほんの少し険しい顔をした八田に、ヒロインは嬉しそうに微笑む。

「あっ、それでね、八田ちゃんこのあと時間ある?良かったら晩御飯食べていかない?」



「いやー、1人分って作るの難しくてさー、たくさん作り過ぎちゃって」

なんて零しながらヒロインは食器をテーブルに並べていく。
普段ジャンクフードばかり食べている八田には、その料理のどれもが輝いて見えた。

「一人暮らしなのに何個も皿あるんすね」

「うん、友達呼んだりしようと思ってたからねー。いやー買っといて良かったよー。ちなみに八田ちゃんが一番乗りです」

彼女の一番乗りという言葉に八田は優越感を覚えなんとなくくすぐったいような気分になる。
彼女と長年の付き合いのある草薙を差し置いての一番なのだ。
嬉しさから顔がニヤついて、俯いて小さく返事をするので精一杯だった。


食事が済んだあと、何か飲み物を探して冷蔵庫を覗き込んでいた彼女が八田に声を掛ける。

「八田ちゃん、お酒飲もー」

「えっ、でも俺未成年っすよ」

「へーきへーき、出雲には内緒、だよ?」

内緒、で口元に人差し指を当て、だよ、のところで小首を傾げるような仕草をする。
可愛らしい仕草をする彼女に、本日何度目か分からないが八田の顔が赤く染まった。



夜も更けて静かになった室内に、小さく寝息が響く。
机の上にはヒロインが飲んだものと思われるビール缶と、八田が飲んだものと思われるコーラの缶が置いてある。
BAR.HOMRAで散々飲んでいたのに食後にもまだ飲むという彼女には驚いたが、とうとう酔い潰れてしまったらしく八田に寄りかかって寝入ってしまっていた。
据え膳食わぬは男の恥とはいうが、今の状態はまさにそれだ。
足元を見れば捲れ上がったスカートから覗く彼女の足が見えるし、チラリと視線を横に投げれば彼女の胸元を覗き込むことができる。
極めつけは彼女の寝息が肩に掛かって、肩が凄まじい熱を持ってしまっていることだ。
足や胸元なら見ないようにすることができても、息が掛かるのは彼女の体勢を変えない限り回避することはできない。
目を閉じると肩に掛かる息を意識してしまって耐えられず目を開くが、目を開いていても彼女が、彼女の部屋が八田の視界に入り込んで嫌でも意識させられる。
じんわりと肩に掛かる重みに安心感を覚えると同時に、彼女が自分にもたれ掛かっていることを生々しくも伝えてくる。
恥ずかしさと嬉しさと緊張と色んな感情が綯い交ぜになって、八田の心臓はドクドクとうるさく脈打った。

ふいに、ん、とヒロインが唸り声を上げた。
やっと起きてくれたか、と八田は安心したような、勿体無くて残念なような気分になりながらも彼女の方をチラリと見やる。
胸元が視界にちらついた。

「んー、八田ちゃーん…」

彼女が八田の名前を呼びながら腕に絡みついてくる。
その様子に慌てて、えっ、ちょ、ヒロインさん、などと言いながら思わず身を引いてしまう。
これ以上顔が赤くなることはないと思ったが、血液がさらに顔に集まってきた気がする。
今度こそどうにかして起こそうと決心した八田だったが、ヒロインがあまりにも幸せそうに笑みを零しているものだから、それを見て、もう少しこのままにしておいてあげようなんて絆されてしまうのだった。



ああ、もう、この人は…

「草薙さん、あんたやっぱ、すげえ」

こんな拷問みたいな状況にも耐えてきたんすね










あとがき(memo4/4)
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