一歩、踏み出す。

ヒュ ゴ……

強風が制服の裾を煽る。

虚ろな瞳。
揃えて置いた靴を後にして、そろりと爪先を出した。

カン、カララララン…

「お嬢さん、落とし物ですよ」
誰もいなかった場所に、すらりとした男が立っていた。
差し出した手の平に、光る球体が一つ。
それが何であるか確認する間もなく、少女は落ちていった。



「しかし、便利になったもんだよな」
黒いスーツを着た男は襟元を緩めると、ドカッと椅子に腰掛けた。
「…コレの事か?」
テーブルを挟み向かい側にいた男が、 何か摘んで振り返る。
「あぁ、そいつは…随分小さい天国玉だな。
とにかくお陰で仕事が楽になった」
確かにな、そう言ってすらりとした男は作業に戻った。
手元の球体をリストと照らし合わせると、何か記号が羅列した透明な容器に入れていく。


天国玉システムが導入されたのはつい最近のことである。
魂の球体化――これにより、水先案内人はより簡単に死んだ人間の魂を運ぶことが出来るのだ。
これらの魂が何処へ行くのかは、『魂回収人』の肩書きを持つ彼らにも分からない。
ただ然るべき場所に、還元されるらしい。


あらかた分別し終えたところで、男はスーツケースから巾着袋を取り出した。
「便利なのはいいんだが、こうも落としていかれるとな」
テーブルの上で口を開ける。天国玉がゴロゴロと転がった。
一つ手に取って眺めてみる。
不安定な色で揺らいだ。
たとえこれが磨けば光る原石だとしても、もうそれは叶わない。

「自分から落とすなんて、どうかしてるだろ」
男は溜息を吐くと、それを放った。
『落とし物入れ』と書かれた箱の中に着地した天国玉は、沢山の天国玉の上を転がって、やがて動きを止めた――



※天国玉の落とし物は回収対象外です。戻ってくることはありません。
あなたも自分で落とさぬよう、十分お気をつけください。






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