●白日夢●

□時の終焉
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沿道の群衆は無言のまま、微動だにせず見守る。

――暗い予感は的中した…

本能が告げている、それでも私の身体は動かない。

やがて明確になったシルエットが、ゆっくりと、静止した。

それは黒塗りの、重々しい姿をした馬車だった。

恐れているのか、それとも崇めているのか…
人々は再度騒めきながら、その場に膝を突いていく。
私は立ち尽くしたまま、目の前の馬車を見つめた。

――扉が、開かれる。

今、漆黒の外套で全身を覆った一人の男が、
優雅に、降り立った。


――『悪魔』だ。


脳裏に浮かんだ名が消えていく。
何処からともなく吹いてきた風が、男のフードを揺らした。

私は息を呑む。

露になった顔。
氷の冷たさを持った、女とも見紛う美貌。
見る者を捕らえて離さない魔力を持った瞳が、妖艶に光る。

――見惚れては、いけない。
思いながら視線を逸らすことが出来ぬ私に、
その瞳が…向けられた。

ぞくりとする。

黒くしなやかな長髪は風に踊り、
男はふわりと、歩み寄る。
刺すような微笑みで『悪魔』は囁いた。

「お前を――迎えに来た」

訳も分からず、迫り来る恐怖に首を振った。
「…どうした?」
余裕の笑みは後ずさる程に近づく。
「……っ」
思わず口走った。
いつか何処かで聞いたことのある呪文が滑り落ちる。
震え出た言葉に男は怪訝な顔をしたが、すぐに高らかな笑い声を上げた。

「ハッ――馬鹿な。
そんなモノが効くとでも思っているのか?」

凍った眼差しから逃れたくて、私は目を閉じた。

そして、唱え続けた。

『悪魔』へ向けて、
何度も繰り返す、呪文は



「――SECRET …」




Fin
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