●白日夢●

□IN MY DREAM
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私には、翼がある。


『空(ここ)』に住む者は皆同じように翼を持っていたし、私も生まれた時からこの姿だから、別段変わっていると思ったことはなかった。
しかし『下界』に住む人々には、翼がないのだという。
だから彼らは、飛ぶ術を知らない。
もちろん、私達が此処にいることも知るはずがないのだが、不思議なことに『翼を持つ者』の存在はずっと昔から認知されているらしい。
人々は時として、私達を『天使』と呼ぶのだ――と、聞いたこともあった。

――私は『天の使い』ではないのにね…
そんなことを呟いたら、隣に居た『ユウ』に笑われた。
私は何かおかしなことを言っただろうかと疑問に思い、左側をそっと窺う。
眼下を流れて行く雲の姿を、楽しそうに眺める横顔がそこにはあって、私はそれ以上何も言えなくなった。

『ユウ』は私と同じ、翼を持つ『空』の住人だ。
――すらりと伸びた手足、
生まれ持った端正な顔立ちに、好奇心旺盛な瞳が輝く。
その背中には白く大きな…翼。
私はよく『ユウ』と一緒に此処へ来ては、風にさらわれる雲を見ていたのだった。彼が聞かせてくれる話は、まるでおとぎ話のように面白かったし、この景色に飽きることもなかった。
それから、何より私は『ユウ』の柔らかくて温かい翼が、とても好きだったのだと思う。
私の視線に気がついたのか、『ユウ』は振り返って、微笑んだ。
色素の薄い黒髪と同じように揺れる瞳を見ていると、急に胸が締め付けられて苦しくなる。
彼は確かに此処に居るのに、
この現実は此処に在るのに、
いつか失くしてしまうような、そんな気がするのはどうしてなんだろう…

何の変哲もない時間。
それはいつしか、私にとってかけがえのないものになっていた。
――それなのに
不安はいつも自分の中から生まれ出る。
私は自ら、そのささやかな幸せを、消し去って、しまったのだ――


『下界』には決して降りてはいけない、という掟がある。
それがどういう理由からなのかも解らず、単なる言い伝えだろうと思っていた私は、一度でいいから地上に降りてみたいと言っては、そのたびにたしなめられていたのだった。

あの日――
いつものように『空の果て』から雲脚を見下ろしていた『ユウ』は、囁いた。

「少しだけ地上に、降りてみようか…」
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