●恋詠小品●

□六月の花
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脳内を初期化出来たらいい。あの日のあの表情もあなたの指先も全部消えたらいい。恋なのか愛なのかそんな邪念ごと私もいなくなればいい。どこまでも息を吸って肺いっぱいにそれ以上に苦しくて吐き出した。
あなたへの羨望は鮮烈に焼き付いた、あの日。
何処までも何処までも、あなたの気配が甦る。日常の中に張り付いて離れない。離れたくない。
あなたではない大事な人が私に優しく微笑む時も、限り無い喜びの中にあなたの幻影は浮かび上がりそっと滲んでいく。
これが罪ならば私を堕として欲しい。声を殺して叫ぶ。あなたに会いたいと。
気が付いて気が付かないで。不毛な心を凍らせて…



始まりが随分昔に思える程に、僕の心に君は永いこと住み着いて離れないのだ。
どんな顔をして笑ったならば悟られることなく一生を終えることが出来るのだろうか。
しかしこのまま死んだとしたら、君を忘れられない愚かな僕は出口のない迷路を彷徨って、永久に僕自身を呪うだろう。
こんな世迷言を胸のうちで呟く僕を、見上げる君の瞳に灯る。揺らめく炎は確かに僕に向けられたものだから、制止する自分に四肢を捕られては藻掻く。
僕は今きっと酷く欺いたんだ君を、大切な君を。

何か言いたげな君の頭をそっと撫でたら、今にも泣きそうに破顔した。つられた僕がたまらず視線を上げた先に、姿があった。
僕じゃない。君を幸せにするのは…

「ほら、呼んでるよ?」
「……うん」




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