●恋詠小品●

□You
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貴方の名前が思い出せない。




皮肉にも、

貴方を諦めようと決めたその日。


冬にしては暖かく季節感も狂わせる。
いや本当は冷えていたのかもしれない。初雪が観測されたのだそうだ。

日が落ちるのが早い。
また景色が変わった気がした。
海から吹く風の向こうに見える建造物の速度に遠慮などないのだ。

小雨になっていた。湿り気をもったアスファルトをヒールで跳ね返してやれ。
柄にも無いのは百も承知で、でもそれくらいの覚悟でその先を見据えた。

ゆっくりと動く運命の輪はきっと暇人を乗せて今日もあの空に浮かんでいる。
足元で。


人間は自分に都合良い生き物だ。
涙する程に想う貴方の姿を、それさえも過ぎ去ればただの過去でしかなくなる日がやってくるのだから。
今はこの四角い空間の中で震える鼓膜が捕らえる音が全てだと言えるのだから。


私の見つめる先にはもう貴方はいない。
無数の光の中で眩しさに目を細めて、もう歩きだした気持ちの中に貴方はいない。

銀色が舞う。

いつかも見た風景に手を伸ばす。そして掴んだ。


どうして。
貴方の背中がそこにあるの。
唯一の空間を記憶する視界の中に映り込んだ、そんな背中私は知らない。
会いたくて、逢いたくて、あいたくて、
全身で焦がれた貴方のことなんて、もう忘れてしまった。

知らない。

知らない、そんな後ろ姿。

好きだった。
貴方はきっと幻想。
これがリアル。

泣かない。
だって、
私は貴方の名前も思い出せない。



さよなら。

やっと、さよなら。




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(07.02.01)

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