●天国玉●

□2・〜心の行方〜
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いつもの席でいつものメニューを頼むと一息吐いた。

僅かに遮光されたガラスの向こうに点滅する信号の青。
落ち着かない様子でチラチラと動くのは黄色の帽子と赤いランドセルのようだ。

大分弱くなった陽射しは夏の終わりを告げる。
昼休みには決まってこの席でぼんやりと過ごすのだ。

こじんまりした喫茶店。

昼時なのにポツリポツリとしかいない客に、初めの頃は立場が逆の不安も覚えたりしていたが、今では静けさが心地いい。

気がつくと職場の喧騒から逃れるように、ここに来ていた。

海老ピラフと小さなグラタン、そっと添えられたサラダとストレートティー。

四人掛けのテーブルに、自分一人。

我ながら地味だな、と思った。


「たまには一緒に遊びにいこーよ」

「あーダメダメ、桜井さんは色々と忙しいんだから」

同僚達の誘いに断り文句も尽きてきた頃、一緒に入社したあいちゃんはすっかり私のフォロー役になってくれていた。

別になんてことない、そつなくこなせばいい日常の一コマだが、私は昔から積極的になれやしないのだ。


「もったいないよねぇ」
「何が」
「みんな可愛い可愛いって、評判だよ。あゆみちゃん」

なんて腹の足しにもならない評判だろう。

ダイエットクッキーを頬張って輪郭を丸くする、この子の方がずっと可愛いく思えるというのに。

彼女が笑うと栗色の巻き髪がころころと揺れる。
同じ歳の筈なのに、自分よりずっとキラキラして見えた。

そう、キラキラと。


小さい頃大好きだったビー玉のように――



紅茶から湯気が立ち上る。

今日はミルクティーにしてみよう。

白い液体をカップに注いでいく。
混ざり切らない中身も煮え切らない私も、スプーンでくるくるしてやるのだ。


いよいよカップに口をつけたとき、驚いた私がそれをひっくり返さなかったのは奇跡に近いだろう。

突然視界に、黒。

目の前に男が一人、座っていた。


宗教勧誘、悪徳商法、詐欺、ナンパ? エトセトラ…
ありとあらゆるよくない単語を咄嗟に連想した。

席はいくらでも空いているのだ。相席である必要は無い。

この空間に不釣り合いな黒いスーツとネクタイ…

目線を上げていく。

予想だにしなかった端正な顔立ちがその先にあって、私はガシャンとカップを置いた。

「なにか、用、ですか」

身体中の神経を尖らせながら、精一杯の一言を発した。

外見が問題じゃない。怪しいものは怪しいのだ。

大体いつの間にここに座ったのだ?


もう一度男の顔を見る。

深い海の色をした瞳が、ぐんと近くなった。
吸い込まれそうになる。


『あなたがお持ちの天国玉、回収しに参りました――』


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