BATTLE TENNIS ROYALE
□痛い
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最後の朝を迎えた僕は、観月の元へと歩を進めていた。
今だ放送で名を呼ばれていないのは、僕と観月だけだからだ。
腕に付けていた時計に目を落とすと時刻は朝の7時を回っていた。
つぅっと、血液なのか汗なのか解らない液体が顔から垂れる。
ポタリ、ポタリと幾つもの雫が着ているジャージの色を変えていく。
初めは染みて肌に張り付く感触を不快に感じていたが、時間が過ぎて行く事で慣れてしまった。
首は起爆チョーカーのせいで息苦しい。
空が青いなぁ…
なんて、当たり前のことなのに口にしてしまいそうになった。
見上げた顔を真っ直ぐに戻して、また歩き出した、一歩踏み出した時バリンと硝子を踏み潰したような感触がして足を退けると、そこには割れた鏡があった。
「この鏡……」
見覚えがあった、その割れてしまったアンティーク品にも持ち歩いていた人物にも。
観月だ…きっと逃げている内にでも落としたんだろう、近くには銃弾がいくつか転がっている。
観月に謝らなきゃな、きっといつもみたいに怒るだろうけど…
そっと屈んで割れた破片に手を伸ばした、バラバラの鏡はしっかりと僕を映し出していた。
鏡の中の僕は…なんだか驚く程に顔が、いや瞳が死んでいた。
たとえるなら死んだ生き物の目。
前に道路上で見た、轢かれて死んでいたネコみたいな目だ。
自分が気味悪く感じ、さっさと破片を拾い集めて、また歩きだした。
岩肌に波が打ち付ける崖の上に観月を見つけた。
まるでよくあるサスペンスドラマの一部みたいで少し笑いそうになった。
「観月…」
いつものトーンで呼ぶと、海を見ていた視線を僕に向けた。
怯える訳でもなく、威嚇する訳でもない、いつもの観月がそこには居た。
「来ると思ってましたよ、木更津。」
「ふーん…じゃあ僕が何しに来たかもわかるんだ…クス」
僕はいつものようにからかう様にわらいながら言った。
まぁ、理由なんて1つしかないから観月が口にしなくてもいいのだけれど。
「このゲームを終わらせに来たのでしょう…?」
「クス…まぁね。」
困ったように観月が笑う。僕も返すみたいにクスっと笑って銃を崖下に投げ捨てた。
空を見上げるとやっぱり綺麗な青空が颯爽と広がっていて、あぁ…こんな日は普通に過ごしていられたなら
皆とテニスをしていたはずなのに。
もう、赤澤も柳沢も金田も野村も…皆皆いない。どこにもいない。
もう皆と笑ってテニスができないんだ。
また僕の頬に何かが流れた、ドロリとした血液ではない、だらだらと流れる汗でもない、ただ一筋縄の熱い涙だった。
「木更津…貴方…」
少し驚いたような観月の声、銃を崖底に投げた事に驚いているのか、僕が泣いている事に驚いているのか、まぁきっと両者だろう。
観月の前で、いや人の前で泣いた事なんてなかった、タブルスパートナーの柳沢の前でだって泣いた事は一度もない。
あんまり泣いた所なんて見せたくないけれど、涙が溢れて止まらないんだ。
「っ…はは…僕らしくないや」
傷だらけの腕で涙を拭き取ったら、涙が傷口に滲みて、ピリッとした。
そしたら近付いて来た観月がいつもの母親みたいにハンカチで目元を柔らかく拭いてくれた。
「泣くのはおやめなさい」なんて優しく笑う観月の瞳からも涙が流れてた。
「観月だって…、…泣いてるじゃないか…」
「貴方からの…貰い泣き…ですよ」
僕が始めて涙を見せた様に、観月もきっと人前で始めて涙をみせたんだろう。
きっと、きっと、観月も悲しかったんだ。いっつも皆に厳しく指導していたけれど、皆とテニスをしている時はとっても楽しそうだった事を知ってるよ。
後、3分で終了。だと機械音が告げた。
もう僕達に殺し合う気力なんて残されていなかった。
観月は仕方ないと、時間まで話していましょうかって岩の上に座り、僕もつられる様に観月と背中合わせに座った。
そう…もう首の爆破を待つだけだ。
「楽しかったですね…色々と」
「短かったけどね…クス」
残り30秒
「またテニス…したいですね」
「また観月とできたらいいなぁ…」
20秒
「あちらでも赤澤達はまた騒いでいるでしょうね…」
「クスクス…だろうね。」
10秒
「あ、そうだ…ごめんね観月」
「何がですか…?」
「観月の鏡踏んで割っちゃった…」
「まったく貴方は…でも、まぁいいですよ…今更です」
5秒
「ねぇ観月」
4秒
「何ですか?」
3秒
「次観月とテニスする時は必ず僕が…勝ってみせるから」
2秒
「貴方には負けませんよ…」
1秒
「約束するよ…クス…」
0秒
───── その日まで楽しみにしていますよ…木更津。
end