十二月初め。暦の上ではとっくに冬ではあったが、十二月に入るとその寒さがより顕著になり、人々を襲うようになってきた。北の大地では既に雪が降り積もり、氷点下の脅威を見せつけている。北でなくとも、冷たい風が吹き荒ぶので人々は寒さに震え上がることとなる。寒さに弱い人にとって、最も好ましくない季節であると言えよう。








寒がりであり冷え症持ちである破天荒にとっても、この季節は憂鬱の最たる要因でしかなかった。どれだけ着込んでも和らがない寒さ、気休め程度の暖しか与えないカイロ、全く熱を纏わない自分の手足。これで憂鬱にならなければ何で憂鬱になれと言うのだろうか。悪足掻きだと分かっていてマフラーに顔を埋め、冷たい風が当たる面積を減らそうとしているが、所詮悪足掻きは悪足掻き。何も変わりはしなかった。冬の風は残酷である。




破天荒が寒がりで冷え症持ちであることを知っている仲間達であったが、だからと言って破天荒にしてやれることは一つとして無かった。ただでさえ毛狩り隊殲滅、及びマルハーゲ帝国壊滅のための旅の道中である。出来る限り厚着をして、カイロを貼りまくり持ちまくるぐらいしか、寒さを凌ぐ術など無いのだった。そしてその手段をとっくに用いていながらも寒さに震えている破天荒に、じゃあこれ以上何をしてやれると言うのだろうか。もし何か案があるのならば速やかにその案を伝授して頂きたい。早急にだ。このままでは破天荒の生命の危機である!









――とまぁそんな冗談は兎も角…その寒さ故、破天荒はいつも以上に寡黙でおとなしかった。宿を出てしばらく経つが、誰の会話にも交ざろうとしないしハジケにも加わらない。上着のポケットに手を突っ込んで、背を丸め、必死に寒さに耐え忍んでいるのが丸分かりである。一種の同情心すら抱ける程に、哀れな格好であった。クールでカッコいい破天荒のイメージが総崩れである(まぁそんなイメージは最初から崩れてはいたが)。






「なんか…破天荒さん見てると、こっちまで余計に寒くなりそう…」
「うん、同感…」






前の方で並んで歩いていたビュティとヘッポコ丸。ビュティが破天荒を見やりながら呟いた言葉に、ヘッポコ丸は同意するように頷く。二人も破天荒程ではないがしっかりと厚着はしている。なのでそこまでの寒さは感じないのだが…確かにビュティの言う通り、あそこまで過剰に寒がられてしまうと、寒さが伝染してきそうだ。








二人共冷え症ではないので、破天荒の辛さを十全に理解してやることは出来ないのだが、とりあえず『すごく寒そう』というのだけは嫌になるぐらい伝わってくる。心なしか、破天荒の周りの空気だけより冷えたものであるように感じてしまう。気のせいだと分かってはいるが…。






「本当に寒いのダメなんだね、破天荒さん」
「うん。この前、『冬なんか滅びろ』って呟いてた」
「寒さが苦手な人の典型的台詞だね。…でも確かに、寒いね」





はぁ…ビュティが剥き出しの指先に息を吐きかけて、寒さを和らげようとしている。それを見て、ヘッポコ丸はあれっと思った。






「そういえばビュティ、手袋どうしたの?」








ヘッポコ丸の記憶が正しければ、ビュティはつい昨日まで薄桃色の手袋を付けていたはずだ。なのに今日はそれが無い。彼女自身が持っていないらしいというのは、息を吐きかけながらも素手で居続けているのが何よりの証である。


なので訊ねてみると、ビュティは「あぁ」と苦笑してこう言った。






「昨日ね、首領パッチ君がなんか『儀式じゃー!』とか叫びながら思いっきり破っちゃったの」
「さ、災難だったね…」
「お気に入りの手袋だったから、ちょっと本気で怒っちゃった。でも元はと言えば首領パッチ君が悪いんだし、良いよね」
「う、うん…」







頷きながら、ヘッポコ丸は昨日のことを思い返す。そういえば昨日の夜寝る前に首領パッチに会った時、珍しく落ち込んでいたような気がする。二度とお目に掛かれないんじゃないかという程に暗い影を背負っていた首領パッチ。ビュティは『ちょっと』などと称したが、きっとこっぴどく叱られたに違いない。普段はどれだけ叱られようが意に介さない首領パッチでも、昨日はビュティの気迫に気圧されてしまったのだろう。首領パッチが破ってしまった手袋は、ビュティのお気に入りの物だったのだし、仕方無い。首領パッチの自業自得なので、同情するに値しない。





…まぁ、その首領パッチ本人はとっくに立ち直って一番前でハジケを繰り広げているのだから、本当の本当に同情する必要は無いのであった。もう少し反省しやがれ。






後で首領パッチに説教を食らわせようと、ヘッポコ丸は心に決めた。さて当面の問題は、手袋を付けていないことによって寒さに震えているビュティにしてやれることは何か…ということだ。しかしこの問題を解決するのは意図も容易い。破天荒に暖を提供するよりも容易なことだ。そもそも破天荒に提供出来る暖などとっくに存在していないのだが(本人が必死に頑張った結果である)。








ヘッポコ丸は、自分が手に填めていた黒色の手袋を外し、ビュティに差し出した。差し出された手袋を見て、ビュティはキョトンと首を傾げた。






「もし良かったら、使って」
「えっ? い、いいよそんな! へっくんが寒いでしょ?」
「俺なら大丈夫だよ、そんなに寒くないし。破天荒じゃないんだからさ」





優しく微笑まれ、ビュティは段々と断りづらくなってきていた。確かに手は冷えてきているし、ヘッポコ丸の好意は有り難い。けれど、これを借りることによってヘッポコ丸の手が寒空に晒されてしまうことを思うと、やはり申し訳無くなってしまう。



だが、これ以上断ったところで、ヘッポコ丸が折れるとは思えない。これが彼なりの優しさなのはよく分かっている。だから、無碍にするのは憚られてしまう。





「…本当に、いいの?」
「いいって。はい」
「…じゃあ」





ビュティは結局、差し出された手袋に手を伸ばした。しかし取り上げたのは、片方だけだ。ヘッポコ丸が不思議そうな顔をしてビュティを見るが、彼女はお構い無しに右手だけに手袋を填めた。寒さによって冷えていたビュティの右手は、ヘッポコ丸の温もりが残った手袋によって徐々に元の暖かさを取り戻していく。






ボケーッとその様子を眺めていたヘッポコ丸にビュティは「へっくんもそれ填めて」と言った。ヘッポコ丸は意味が分からないと言いたげであったが、結局何も言わずに素直にそれに従った。こうして、ビュティは右手だけ、ヘッポコ丸は左手だけ手袋を填めるという図が出来上がったわけだ。















――普通ここまで来れば、彼女の思惑を読み取るのは容易いはずである。しかし残念ながら、ヘッポコ丸は鈍い。一種の才能なんじゃないかと思われるぐらいに鈍い。ここまで来ても、ビュティのしようとしていることが分からないし、自分がこの後何をされるのかも分かっていない。







付き合い始めてから、確かにどぎまぎする回数は減った。ごく普通の恋人同士のように自然に接せられるようになった。だが如何せん、それだけなのだ。振る舞いが自然になったというだけで、恋人同士特有の雰囲気を読むのがひどく下手なのだ。作り出すのも下手だが。








なので、ビュティが頑張るしかないのである。ヘタレで鈍感な彼氏を持った彼女の宿命――と言ってしまったら、些か壮大すぎるだろうか。






「…ビュティ。俺、ホントに手袋無くても大丈夫だよ?」
「私が見てて寒いの。だから…こうするの」
「えっ!!?」





ギュ…と、ビュティが剥き出しだったヘッポコ丸の手を同じく剥き出しだった自分の手で握った。しかも所謂恋人繋ぎと言われる繋ぎ方であったため、ヘッポコ丸の心臓は面白いぐらいに跳ねた。上げられた素っ頓狂な声からも、その動揺を読み取るのは容易かと思われる。







ブワッとヘッポコ丸の頬が朱色に染まる。彼に勇気が足りないため、手を繋いだ回数は世間一般的なカップルより少な目な二人。故に、ヘッポコ丸は未だにビュティと手を繋ぐという、些細な触れ合いでもやたらと恥ずかしく思ってしまうのである。




ビュティも、確かに恥ずかしさが込み上げてくることは否めないが、ヘッポコ丸程ではない。許されるなら、いつだって手を繋ぎたいとすら考えている。過剰にヘッポコ丸が恥ずかしがるから、ビュティもなんとなく遠慮してしまうのだ。











だから…何かしら、口実が必要なのだ。手を繋ぐという、些細な触れ合いにも。






「ビュ、ビュビュビュティ!!?」
「こ、こうしたら、二人とも暖かい…よ、ね?」
「ぇっ…あ………ぅん」






躊躇いがちに…だがしっかりと、二人の手に力が込められた。伝道する互いの体温。手袋を共有するよりも先に、互いの手を繋いでいた方が何よりも早く暖かくなれたのではないだろうか。そう思わせる程、二人の手の平はとても熱かった。心なしか、頬も耳も熱くなってきたように思える。羞恥心によって、血液の循環が活発になっているのだ。しかもヘッポコ丸だけではなく、ビュティまでだ。



ただ手を繋ぐだけなのに、ここまで羞恥心を感じるカップルはあまり居ないのではないだろうか。初々しいに越したことはないが…いやしかし、恥ずかしがりすぎだろう。






「…暖かいな」
「…うん」






絡んだ指を撫でながら、ヘッポコ丸が言う。ビュティは頷きながら、ヘッポコ丸を見つめる。ヘッポコ丸もその視線に気付き、ビュティを見る。顔を合わせた二人は、恥ずかしさを誤魔化すかのように、小さく笑い合った。









――そして、そんな二人の空気に当てられた他の仲間達は、心の中で同じことを呟いていた。














リア充爆発しろ
(まぁ勿論二人には届かないので)
(二人はしっかり手を繋いだままだった)







冬だし、寒いし、なんかベタな話書きたかったんです。悪気はありません。リア充爆発しろ←








栞葉 朱那

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