世界の変貌と同じ世界観



※↑を読んでなくても分かる…はず…















待ち焦がれていた夜が来た。狼男に決められた活動時間なんかねぇけど、オレはいつも夜にしか活動しない。そうするために、わざわざ自分の中の体内時計さえも狂わせてしまうという徹底ぶり。生半可な覚悟じゃ出来ないぜ、こんなの。





大抵の生物が活動を終え始めるこの宵の口が、オレの活動開始時間。と言っても、時間が来たからっていきなり大それたことを始めるわけじゃない。オレの活動第一段は、『待ち人』になることだ(いや、『待ち狼』って言った方が正しいのか)。オレはアイツが来るまで、自分の巣穴に戻ろうとするウサギやらなんやらを捕まえて腹を満たすことに専念する。それが活動第二段だ。腹が減ってちゃ戦は出来ぬ、ってのがオレの信条。この言葉は、大昔世話になった爺さんから教わったもんだ。成る程、人間様の言うことはよく的を射ている。確かに腹が減ってちゃぁ、大事なことに全力を注げねぇもんな。









昔のオレはこんなんじゃなかった。もっと適当で、気楽で、難しいことなんかなーんにも考えちゃいなかった。ただ楽しく、気ままに、生きていければそれで良かった。目標も、やりたいことも、オレは全然持ち合わせちゃいなかった。


そんなオレを変えたのは、アイツだ。ずっとずっと昔、怠惰な狼男に成り下がっていた時に出会った、翡翠色の吸血鬼。アイツに出会ってから、オレは変わった。何もかもが、彩り鮮やかに塗り替えられた。







生き方も。



世界の映り方も。



楽しさの感じ方も。






「高尾」
「あ、真ちゃん。やっほー」





粗方ウサギを食い終わり、食い散らかした骨の一本をしゃぶっていると、ようやくアイツがやってきた。オレよりも二十センチくらい背の高い、翡翠色の髪の、眼鏡を掛けた吸血鬼。名は緑間真太郎。いつも通りに暑苦しい黒いローブをしっかりと纏った姿。そこから覗くテーピングを施された手には、なんとも可愛らしい熊の人形が乗っていた。






緑間真太郎という吸血鬼のおかしな所。それが、自分の生き方を補正するため、何かしらのアイテムをいつも持っていることだ。例えば今日なら熊の人形だし、昨日は青い薔薇だったし、その前は眼帯だった。人間風に言えばラッキーアイテムってやつ? になるのか? とにかく、緑間は毎日毎日違うアイテムを用意しては、それを肌身離さず持ち歩き、一日を過ごしてる。



そのアイテムの決め方もまたおかしくってさー。本人曰く、寝て、起きたらびびっと来るんだと。インスピレーションってやつ? どんな電波だよ! ツッコミ所満載すぎてもうオレのライフはゼロだよ! 狼男のオレにはその感性が理解出来ねぇんだよ! この不思議吸血鬼め!







言いたいことは山のようにある。というか、もう全部言った。全部全部ぶつけた。それでも緑間は何も変わらない。自分の信念を貫くだけ。インスピレーションに従って、アイテムを探しては見つけ出し、それを崇拝でもしてしまいかねない勢いで大事にする。絶対に雑に扱ったりはしない。一日を締めくくるその時まで、それを大事に大事に愛でる。言わば一日限りのパートナーみたいなもんだ。









吸血鬼様が生き方に拘るとかなんなわけ? 今更何を補正するっての? って、その奇天烈っぷりに最初は笑いが止まらなかったけど、何度も見ているうちに許容しちまってる自分がいる。時にからかったりもしちゃうけど、まぁいいんじゃねぇの? みたいな。吸血鬼様がみんな変な趣味してんのかもしんないし。緑間が突出して変わり者だって決め付けるには根拠が足りない。オレに緑間以外の吸血鬼の知り合いなんかいないし。





緑間が住まう洋館にはあと五人の吸血鬼がいるらしいけど、オレはまだ会ったことが無い。というのも、洋館の周りには特殊な結界が張ってあって、狼男一匹の力じゃ到底破れない程に強力なのだ。だからオレは洋館には近付けない。オレの巣は結構ややこしい場所にあるから、他の吸血鬼達と遭遇することも無い。だからオレは、緑間が自主的にオレの元にやってくるのを、待ってることしか出来ない。







本当は迎えに行ってやりたいのにさ。あの結界、近付くだけで気分悪くなってくんだもん。魔力強過ぎ! 誰だよあんなめちゃくちゃな結界張ったのは! 文句の一つや二つ言わせろ! あ、でも対峙したとしても勝てる気しないからやっぱり知らないままでいいや! 文句は心の内に秘めといてやるよ!





「行儀が悪いぞ。いつまでも卑しくそんなものをしゃぶるな」
「え〜いいじゃん別に。ほら、せっかく頂いた命なんだし、最後まで綺麗にしなきゃ失礼だろ?」
「とっくに綺麗になっているのだよ」
「それもそうか」





骨を口から離し、出来上がっているウサギだった残骸の上に放り投げる。コロコロと地に転がる骨には、確かに肉の欠片すらも付着していなかった。しかし、最早オレの関心は食い終わったウサギなんかには向いちゃいない。今のオレの心を占めているのは、緑間だけ。





「で、今日はどうすんの真ちゃん」
「今日は吸血の日だ。獲物を探しに行く」
「オッケー。んじゃ――」





オレは目を閉じ、意識を集中させる。ざわざわと細胞が戦慄き、オレの姿が変貌していく。緑間が三度瞬きする頃には、オレは黒い毛並みの狼の姿に、その身を変えていた。これがオレの、もう一つの姿だ。










普段、オレは人間の姿で過ごしてる。どうしても隠せない狼の耳や尻尾を覗けば、人間の様相と大差無い。昔は人間に化ける必要性が感じられなくて、狼の姿を保ったままで過ごすことのが断然多かった。寧ろ人間の姿を、嫌ってさえいた。オレを産み落とした母親にそっくりだったから。








純粋な狼じゃない、完璧な人間にもなれない、そんな中途半端な自分のことが大嫌いだった。――その価値観を変えてくれたのが、他でもない緑間だった。









それからというもの、オレは人間の姿を保ったままで過ごすようになった。巣で眠る時も、狩りをする時も、暇潰しに辺りをぶらつく時も、耳と尻尾の生えた人間様のままだ。緑間と同じ目線でいたいと…対等な姿でありたいと、望んじまったからだ。そんなオレが狼の姿に戻るのは、限られた時だけ。









吸血行為のため近くの街に出掛ける緑間に、付き添う時。その時だけ、この姿を月の下に晒すんだと、そう決めている。





「さぁ真ちゃん、乗って」







少し腰を低く下ろして、緑間に背に乗るように促す。緑間はなんの躊躇もなくオレの体を跨ぎ、腰を落ち着かせた。それを確認し、オレは低くしていた体勢を改める。




身長に見合った体重を持つ緑間を確かに重いとは思うけど、狼男の脚力はそんなことでは揺るがない。ここから街へは北東に約十キロ。緑間を乗せていたとしても、二十分も掛からず到着出来る自信がある。







オレは振り返り、緑間の顔を見る。目が合うと、緑間は一度コクリと頷いた。持っていた熊の人形を懐に仕舞い、そして足を地面から離し、完全にその身をオレに預けた。これで出発準備は整った。





「しっかり掴まってろよ真ちゃん。落ちても拾ってやんねぇからな」
「余計なお世話だ。お前なんかに振り落とされる程、俺はやわではないのだよ」
「へへっ、それもそっか。――そんじゃ、行くぜっ」





両足に力を込め、地を勢い良く蹴る。まるで跳躍するかのような走り出しに、緑間がオレの背にしっかりしがみついたのが分かった。体中のバネを利用し、木々の隙間を縫うように駆け抜ける。砂埃が舞い、草花がへし折れんばかりにしなる。







駆ける。駆ける。駆ける。大切な大切な吸血鬼様のために、オレは狼の血をフルに使い、ただただ…駆け抜けた。




















緑間が指にテーピングを施しているのは、人間に直に触れないようにするためらしい。人間は汚らわしい、価値があるのはその体内に流れる血液だけ――いつだったか、緑間はそう言っていた。






どうしてそこまで人間を毛嫌いしているのか…理由は知らない。話してくれたことは無い。話すほどの理由じゃないのか、よっぽど話したくないことなのか…真相は闇の中。無理に聞き出そうとは思わない。緑間が話したいって思った時に打ち明けてくれりゃあ良いって思ってる。待つのは嫌いじゃない。オレは気が長い方だし、辛抱強いし。緑間が自分から口を開いてくれるのを、待つつもりだ。








吸血行為の時に緑間が狙うのは、大体二十歳から三十歳の間の女だ。曰わく、この年代の女の血が一番生気に富んでて美味しいらしい。それでも中にはハズレがあるようだ(病気に罹ってるとか、アル中とか)が、緑間は、そんなハズレを引かないために、ラッキーアイテムを持ち歩いてるらしい。常に極上の血を得るため、獲物の吟味は怠らないし、ラッキーアイテムに妥協もしない。








人事を尽くして天命を待つ――緑間の座右の名であり、生き方そのものだ。





「終わった? 真ちゃん」
「あぁ」






人目のつかない薄暗い路地裏。その入り口で、オレは人間の姿に擬態して待機していた(狼の姿じゃあ街中だと目立つし)。耳を隠すために被った帽子の縁をなぞって暇を潰していると、緑間が出て来た。声を掛けると短く答えた緑間。その口元はうっすら赤く汚れていて、それが吸血行為が無事に終わったことを如実に表していた。





「真ちゃん、口元汚れてんぜ」





手を伸ばし、指先でその赤を拭ってやると、緑間はちょっと嫌そうな顔をした。でも何も言ってこない。他人との接触を過剰なぐらい毛嫌いしている緑間だけど、オレが触れても嫌な顔をするだけで、振り払うことはしない。文句も言わない。気安く触れることを許してくれる程度には、好かれているんだと思う。でも、緑間から直接、オレに抱く感情がどういったものなのか…口にしてくれたことは無い。










緑間にとってオレは、どんな存在か――考えたことがないわけじゃないけど、そこまで気にしたことも無い。ちなみにオレはといえば、緑間に対してそこそこ…そこそこってかかなりの好意を向けてる。友情とかの類じゃない、れっきとした恋愛の方で。…けど、それと同等の感情を返してほしいなんて、強要する気は無い。もとより、オレは狼で緑間は吸血鬼だ。同じ感情を共有することが…許されるはずがない。













異種間恋愛は禁忌。オレはその禁忌の象徴。オレは人間と狼の間に生まれた禁忌の子だ。そのせいでオレは人間として生きられず、狼としても不完全だった。故に、オレ禁忌を憎悪している。それなのにオレは、緑間を好きになった。高貴な、吸血鬼である緑間に。










これは禁じられた感情。そんなこと分かってる。でも、止められない――
















――オレは、緑間が好きだ。















「ほい、綺麗になったぜ」
「…余計なお世話なのだよ」
「良いじゃん、オレが気になったんだし。ほら、真ちゃんおっとこまえ!」
「五月蝿い。さっさと帰るぞ」





オレの軽口を突っぱね、緑間は足早にその場を離れ始める。肩を竦め、オレもそれに続く。何の気なしに振り返った、真ちゃんの吸血場。そこに倒れ伏しているのは、今日の獲物である黒髪の小柄な女。首筋には二つの小さな穴がある。それは、吸血鬼の牙の痕。吸血行為の確かな証。






人間を毛嫌いし、潔癖なまでに人間に触れない緑間が、唯一なんの隔たりも無く触れさせる部位。それが牙だ。吸血のためとはいえ、そうして直接、緑間から直に触れてもらえる獲物の女を羨ましいと思ってしまう辺り――オレは重症だと思う。





「(オレにも触れてくれたら…なんて)」




どんどん貪欲になっていくオレは、いつか、我慢出来なくなってしまうんだろう。感情を抑制出来なくなって、理性なんかかなぐり捨てて、狼の力を余すことなく利用して緑間を抑え込み、この感情を直にぶつけてしまうんだろう。





そうなってしまったら、何もかも壊れちまうのは明らかだ。緑間の足の代わりになって街に連れて行くことも、ただ談笑するだけの時間も、全部全部無くなっちまうんだって分かってる。緑間がオレに会いに来てくれることも、二度と無いだろう。









だからオレは自分の感情を押し殺す。自分の感情をひた隠しにして、このままで、緑間と共に居ることを選ぶ。今の関係であることが何より幸せなんだって…何度も何度も、自分の心に言い聞かせる。











――でも…でも、本当は…。








「高尾、何をしている。早く行くぞ」
「っあ、あぁ、ごめんごめん。ちょっとボケッとしてた」





いつの間にかトリップしていた意識は、緑間の呼び掛けで引きずり戻された。先を行っていた緑間に走って追い付く。





「全く、二度も三度も呼ばせるな。少し気を抜き過ぎなのだよ」
「わーるかったって。つーか、オレを待つのが嫌なら遠慮せず置いて帰ればいいじゃねぇか」
「…認めるのは癪だが」







緑間はそこで一旦言葉を切って、眼鏡のブリッジを上げた。






「俺が飛ぶより、お前が走った方が断然早いのだよ。だから、お前の背に乗る方がよっぽど利点がある。オレは無駄な体力を使わずに済むし、短い時間で屋敷に戻れるのだからな」
「……えーっと…つ、つまりどういうこと?」
「決まっている。無駄な思考に浸るくらいなら、早く俺の足になれと言っているのだよ」






…言い方は悪いけど。





多分、緑間なりにオレを褒めてて、オレを認めてくれてるって意味で、必要としてるってことで…良い…のか…な?









都合の良い解釈かもしれない。実は緑間にそんなつもりなんて更々無くて、単に自分の力を使うのが嫌だから言ってるだけなのかもしれない。オレを上手くコントロールしようっていう魂胆なのかもしれない。そう勘ぐってしまうのに。






それなのにオレは――オレの心は、異常なまでの喜悦に溢れていた。初めて聞いた緑間からの讃辞に、オレは単純過ぎんだろってぐらいに満たされ始めていた。









緑間にどう思われてんのか随分と分からなかったけど…とりあえず、必要だと思ってもらえてるってのが分かっただけ、重畳だ。少なくとも、緑間がオレに向けてるのは嫌悪の類じゃないのは感じる。認めてくれてるからこその唯我独尊っぷりだってのが分かる。






半端者のオレを。



禁忌の象徴であるオレを。






緑間は必要としてくれている。





「……なぁ真ちゃん」
「なんなのだよ」
「真ちゃんはさ、オレを受け入れてくれんの?」
「ふん、何を今更言っているのだよ。人のテリトリーにズケズケと入り込んで来たのはお前の方だろう」
「追い出そうとは思わないんだ?」
「…そうだな。お前と居るのは、あまり悪い気はしない。お前の狼としての特色は、俺にとっては有益なものだしな」
「半端者のオレでも?」
「半端者だからこその良さがあると、俺は思うのだよ。人間に擬態出来、言葉も話せる。自分の意思で狼の姿にもなれ、力も使える。もしお前がただ純正な狼だったなら、俺は近寄りもしなかったのだよ」
「…そっか」







半端者だからこその良さ。







オレにはまだ、半端者である自分自身の良さなんか見いだせない。人間の言語を使うのも、狼としての特色を生かすのも、ただ最初から持っていたから利用していたに過ぎない。半端者故に両サイドの利点を使いこなすことは、半端者だからこその良さに入るんだろうか。







胸を張って言える事じゃない。半端者だから人間の言葉を話せるんだぞとか、半端者だから狼としても生きられるんだぞとか…誰かに自慢したり、吹聴したり出来る程に、自分を好きになれてない。オレは自分が嫌いだし、憎んでもいる。そんなオレの良さを、緑間は、引き出してくれるのか…。









――緑間は不思議な奴だ。崇高な吸血鬼であるくせに、オレみたいな奴の側に居てくれて、必要だと言ってくれる。そんな緑間ならきっと、オレの存在意義を、存在価値を、掘り出してくれるかもしれない。





「お前が何を不安に思っているのか知らんが…少なくとも、俺は当分お前と離れる気は無いのだよ」
「…そんなの、オレだって同じだよ」






オレだって、お前と離れる気なんか更々ねぇよ。どんなに嫌がられ、邪険にされたって、離れてなんかやらねぇ。お前が望むなら、この半端な身体、いくらだって使ってやるよ。狼の姿になってお前を街に送ってやる。人間の姿になって囮になってやる。








お前が必要としてくれるなら、こんな身体に生まれてきたことに感謝することも出来そうだ。





今は無理でも…いつの日か、絶対に。







「分かったなら帰るぞ、高尾」
「了解です、吸血鬼様」









価値の探索
(いつか、自分を好きになれたなら)
(ちゃんと正面から、この想いを伝えようと思う)







世界の変貌の高緑ver.! 前作書いた時から、高尾は狼男設定にしようとずっと頭にあったので、こうして無事にお披露目出来てホッとしてます。


しかし高緑に見えん。高尾がHSKじゃない。書きなれないなー…。






栞葉 朱那

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